宗教の異なる家族が亡くなったら…(葬儀と宗教)

家族の間で異なる宗教を信じていたり、あるいは「無宗教」という人がいる場合その方が亡くなれば、葬儀はどうすればよいでしょうか。

一般的に言って、さけて考えられないことは『故人の意志』だと思います。まして、生前遺言に「私が死んだらこうしてくれ」などと言われていれば、なおさらでしょう。そこで、「葬儀は故人の宗教、信条に基づいて決める」と判断される方が多いようです。

しかし、こんな話があります。無宗教を自認し、葬儀無用論を説いていたある方が、思いもかけぬ我が子の死に出会いました。その途端、これまで盛んに主張していた説はどこかへ吹っ飛び、涙ながらに「盛大な葬儀をしてくれ」と頼んだといいます。

つまり、故人の死を縁に営まれる葬儀というのは、後に残った遺族、縁者が故人の死を悼み、その遺徳を偲(しの)ばずにはおられないという信条から行われる儀式であるわけです。

「死を悼み、遺徳を偲ぶ」ことは、自らの信仰とは切り離し得ない心のはたらきです。たとえ故人が無宗教でも、また他の宗教を信じていても、『私』が故人を偲ぶ時、私の宗教観でしか偲べないのではないでしょうか。

そう考えると葬儀は遺族の信条(信仰)にもっともふさわしい宗教で行われるのが本筋ではないかと思うのです。

「それでは、故人の意志はどうなるの?」と言われそうですが、ここではっきりしておきたいことは、その『意志』が「自分のことをたのむ」と言っているのか、または「後に残った者がよりよく生きるための願い」であるのかを聞き分ける必要があると言うことです。もし前者ならば、時には遺族の心を束縛しかねません。

要は、死んでからのことを頼むのではなく、今生きている時に、大切な心(信仰)を伝えておくことです。お念仏を子や孫に伝えるには、今をおいてほかにないということです

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