団体参拝」タグアーカイブ

東京の若手僧侶が研修で来訪されました。

4月18日、東京教区(東京都と近郊8県)の若手僧侶で組織されている東京教区青年僧侶協議会(増田廣樹会長)の皆さん14名が、研修旅行で眞願寺に来訪いただきました。

ご一行は登別温泉より北海道博物館を見学され、13時半に到着され、先ずはご本堂で勤行お焼香いただきました。住職より寺史について説明させていただき、今日の現状を簡単にお話しさせていただきました。

眞願寺の前に博物館を見学され、北海道の歴史を学ばれてこられたと言うこともあり、眞願寺の開教当時に深いご縁となった、樺太アイヌ強制移住殉難者墓前法要についてや、北海道のアイヌの歴史や、皆さんの信仰心、これまでの国の政策とその中でどのような思いでおられたかなど質問も沢山いただきました。後から思い起こせばどこまできちんとお話しできたか、疑問ではありますが、私なりの確認もさせていただいた、貴重なご縁でした。

その後、本堂・納骨堂・会館など見学いただき、茶話会でも話が弾み、名残惜しい思いもありましたが、あっという間の2時間の滞在をおえられ、次の大乗寺様に向かわれました。その日の晩も懇親会に呼ばれていましたが、お通夜が2件できたため、残念ながら失礼させていただきました。

私も東京教区出身で、元はこの会の会員でもありました。年の差はありましたが、後輩の皆さんが一生懸命に研修されている姿に感銘しました。是非またお会いできればありがたいと思います。

仏教壮年会20周年特集(2)

仏教壮年会20周年特集(1)の続きです。

20周年記念旅行
京都本願寺伝灯奉告法要参拝

帰敬式で前門様より法名拝受


平成28年10月23日、眞願寺仏教壮年会20周年記念事業として、本山団体参拝に1泊2日の日程で先乗りしていた宮﨑会長以下、会員・特別会員総勢10名で参加いたしました。
朝6時30分眞願寺に集合し、前坊守の見送りのもと千歳空港へ出発いたしました。午前10時30分頃伊丹空港に到着し、10人乗りのレンタカーを借り鈴木副会長の運転にて京都に向け移動です。
京都駅近くで先乗りしていた宮﨑会長と合流し、昼食をとり三千院を拝観してきました。午後3時頃京都市内に戻り、大谷本廟を参拝し眞願寺納骨堂2箇所にて、参加者全員お参りさせて頂きました。恥ずかしながら、「本山に分骨」という事はよく耳にしていましたが、今回それがどの様に行われるか知り、本廟に案内して頂いた仲間に感謝です。
夕刻ホテルへチェックインし、一休みした後全員で四条河原町の居酒屋・スナックで大宴会でした。翌日大仕事が待っていることを知らなかった私は、楽しさの余り酩酊してしまいました。
参加者の中で、ただ一人法名を頂いていない私は、翌朝帰敬式受式を申し込みしていたので、立ち会っていただける人たち数人と、5時30分にロビーにて待ち合わせの確認をし就寝しました。目覚まし時計を5時にセットしたつもりであったが、目覚めたのは5時15分で完全に二日酔いで、洗顔もそこそこに待ち合わせのロビーに行き、皆で本願寺へ出発。
午前6時からの阿弥陀堂・御影堂でのおあさじ勤行に引き続き、帰敬式が執り行われるとの事で龍虎殿にて受付をすると「札幌組眞願寺の、木村さんは、おかみそりの後参加者全員を代表して、全員の法名を前門様より拝受する役目になっています」と告げられびっくりです。作法は担当の方から説明があるとの事で受付を完了し、おあさじ勤行に参加する為阿弥陀堂へ戻り、お勤めが始まると大勢の参加者のお経の声での大迫力に驚愕いたしました。お経が終わり、御影堂へ全員が移動しお勤めしおあさじ勤行は終了。
他寺の門徒さんら10数名にてその場で帰敬式を受ける為着席し、担当者より式進行の説明を受け、法名を拝受する代表者(私)と帰敬文拝読者の紹介と作法の説明を受け開式。前門様より全員がお剃刀を受けお言葉を賜り、司会者の法名授与の言葉で、私は参加者を代表し前門様より拝受致しました。大変緊張し、はらはら・どきどきの1日の始まりでしたが、貴重な経験をさせて頂き住職を始め皆様に感謝しています。
先に出発している眞願寺団参の皆さんと12時の合流で、龍谷ミュージアムにて「本願寺と浄土真宗の名宝」を、続いて書院・飛雲閣特別公開を観覧いたしました。
12時過ぎ広島地方の、住職のお父さんの実家のお寺への訪問等を終えた団参の皆さんと合流後昼食を取り2時よりの「伝灯奉告法要」開始まで自由行動、各自本願寺内を散策。
午後2時いよいよ阿弥陀堂・御影堂にて法要が始まりました。内陣前に雅楽が2列に着席、続いて多数の僧侶が内陣に着席、御門主様の調声にて散華より始まり荘厳な法要が約1時間に亙りました。途中内陣の僧侶全員が阿弥陀様の周りを回る中に、眞願寺住職が参加しているのを発見、改めて住職の偉大さを再発見いたしました。
引き続き午後3時より「伝灯のつどい」がもようされ、大谷宗家ご一同が紹介され、ご門主様のお言葉を頂き、ご家族様へのインタビュー等にて終了。眞願寺団参の皆様と別れ帰路へ、レンタカーにて伊丹空港へ向かい空路千歳空港に無事到着解散。今回の事業にあたり、行動計画・航空券手配・ホテル予約・レンタカー予約・夕食等の予約など全てを行って頂いた、鈴木副会長に参加者全員感謝です。

副会長 釋速証(木村達)





「お西さんへ行こう」第二十五代専如門主伝灯奉告法要壮年会団体参拝旅行記

今回は、私達眞願寺壮年会の精鋭 会長宮﨑英治 副会長木村達 副会長鈴木誠 前会長萩原建興 会員の中村興治 幹事の恵美三樹男 山田豊 熊野智仁 事務局長の堀和雄 そして支部英孝 総員10名の団体参拝であった。平成28年10月23日日曜日午前6時半に、眞願寺本堂に集合、道中の無事を祈念し、お参りのあと2台の車に分乗し千歳空港へ。そこで、熊野さんと合流、大阪伊丹空港に十時半無事到着。伊丹にてレンタカーを借り上げる。車中にて、コーディネーター兼ドライバーの鈴木さんより、大原三千院参拝の提案があり、一同拍手で採択、途中前日より伝灯奉告法要協賛仏教壮年会連盟教区代表者参拝に出席の宮﨑会長の宿泊先に、お迎えに行き合流しこれで全員が揃う。全員が揃うとお昼「お腹すいたー」の声に「もう少し行くと漬物レストランがあるよ」「そこで食べよう」となる。
お店は「土井志ば漬本舗大原総本店」ぞろぞろと店内に入り「地どりの卵とじ膳定食+つけ物バイキング二十四種食べ放題」を食し「美味い」食後は、お土産の漬物を大量に購入し、三千院へ向かう。歌に名高い京都大原三千院を参拝の後、京都市内へ戻り、夕刻4時に大谷本廟に到着する。眞願寺納骨堂がある第一無量寿堂と第二無量寿堂にて全員で、感謝のお念佛と讃仏偈で、お参りさせていただきました。
夕刻ホテルにチェックイン後、夕食は四条川原町にて明日への鋭気補充を心がけました。翌早朝、木村副会長が御影堂にて、帰敬式に参加のため山田さん熊野さん私の4名で朝5時半開門の御影堂門前に集合した。当朝は、全国から22名の登録が有り皆で6時からの晨朝勤行のお参りをして、朝7時からの第二十五代専如御門主による帰敬式を御影堂後方より立ち会わせていただきました。
ホテルに戻り朝食後、堀川通りにある龍谷ミュージアム「浄土真宗と本願寺の名宝」特別展を見学後、御影堂門左手のお白州に設置された、お寺カフェ&マルシェ「AKARI」にてお茶休憩し、ご住職の到着を待ちました。
昼食会場である聞法会館二階で、ご住職ご夫妻と眞願寺団体参拝旅行団の見慣れたお顔を拝見、“地獄に仏”ならぬ“お寺に仏”で、お西さんに来て良かったなと思う瞬間でした。
「三千院に行ったの、大谷本廟もお参りできたの、向かいのミュージアムも見たの」と声を掛けられ、壮年会と住職は、子供が親に、昨日の行動を報告するようでありました。
眞願寺団参本体と合流後、阿弥陀堂前のお白州で記念撮影の後、当日は北海道教区から唯一参加した眞願寺一行が、御影堂に入堂しました。
いよいよ伝灯奉告法要の始まりです。「散華(念佛)」に始まり「正信念佛偈」に続いてお念佛二十四句とご和讃六首によるお勤めが唱えられ「回向句」まで、一気に進みました。
さらに阿弥陀様の周りで、前門様(第二十四代即如宗主様)と、ご一緒に結衆として我が眞願寺のご住職が、ご出勤されており嬉しいやら、誇らしいやら、この伝灯奉告法要に参加お参りさせていただき浄土真宗本願寺派龍谷山本願寺が、とても身近に感じられ、再度お西さんに来て良かったと感じました。まだまだお参りしていたかったのですが、伊丹空港への出発時間も近づき、残念ながら、「伝灯のつどい」の途中で退席し、伊丹空港へ向かい午後9時北海道千歳空港に到着です。夜10時すぎに、眞願寺本堂前にて無事安着のご報告をして、それぞれの家路についた。たった2日間48時間ではありましたが、内容の濃いお西さんへの旅でありました。この団体参拝に、関わられ
た全ての皆様に感謝いたします。 合掌

幹事 釋成徳(支部英孝)




伝灯奉告法要の旅

平成28年10月23日~24日、西本願寺第25代専如ご門主伝灯奉告法要のため、眞願寺仏教壮年会創立20周年記念事業の団体参拝に参加させていただきました。
私は今回の団体参拝の参加にあたり、前2回の西本願寺参拝を思い出していました。
5年前、母を亡くして約半年という慌しさの中、「浄土真宗のみ教え」もよくわからないまま眞願寺団体参拝で親鸞聖人750回大遠忌法要に行き、大谷本廟に遺骨を一部納骨し、ご住職に勧められて父と二人で受けた帰敬式のこと。
2年半前の2月、大谷本廟の明著堂から清水寺まで墓地を歩いて登ったこと。また、厳寒の朝、一人で寒さに震えながら初めて西本願寺のご晨朝を経験した時のこと。
そして今度は、仏教壮年会の一員として西本願寺に団体参拝することになろうとは・・・ご縁だったのでしょうが、夢にも思わなかったことです。
伊丹空港からレンタカーに乗り、仏教壮年会連盟教区代表者参拝のため先に京都入りしていた宮﨑壮年会長に宿泊先ホテルで同乗していただき、まず大原三千院を見学に行きました。三千院は初めて行ったのですが、京都市街から結構遠いことがわかりました。
それから京都中心部に戻り、大谷本廟の納骨堂(第一・第二無量寿堂)にお参りをさせていただきました。ご住職も法務員さんもいなかったのですが、壮年会のメンバーだけでお勤めをしたことは、忘れ難い記念になりました。5年ぶりの無量寿堂参拝であったことと、今までのいろいろなことが思い出され、身の引き締まる思いがしたことを覚えています。
夕食は、宴会も兼ねて居酒屋系のお店でおいしい料理とお酒をいただいた後、ご住職からの紹介だった祇園のお店で楽しい二次会を過ごさせていただきました。
夜遅くまで飲んでいたのですが、翌朝、副会長の木村達さんが帰敬式を受式されるということで、ご晨朝には必ず行こうと心に決めていたところ、目覚ましが鳴る前の5時にはパッと目覚めてしまいました。アドレナリンが出ていたのかもしれません(笑)
ご晨朝は伝灯奉告法要があるためか、早朝にもかかわらず多くの参拝者がいらっしゃいましたが、阿弥陀堂から御影堂へと厳かな雰囲気の中でお勤めされました。
ちなみに、今回お知り合いになれた支部さんと恵美さんと私が、三人並んで御影堂の最前列でお勤めさせていただけたことは、私にとってとても良い思い出です。
ご晨朝を済ませた後、木村さんの帰敬式に立会い、一旦ホテルに帰って朝食をいただき、龍谷ミュージアム特別展、書院・飛雲閣特別公開を見学して、聞法会館に2ルートの団体参拝者全員が集まり、法要の時間を待ちながら皆さんで昼食をいただきました。
計画どおりであったとは言え、別の旅程だった眞願寺団体参拝の皆さまと私たち仏教壮年会の団体参拝者が西本願寺で合流してご一緒に記念写真を撮り、「第25代専如ご門主伝灯奉告法要」に無事参拝できたことにも不思議なご縁というものを感じました。
私は旅行計画当初から、何かとお忙しい仏教壮年会の皆さんと団体参拝ができるというのは極めて稀なことと考えて日程を調整していましたが、出発の日まで特に大きな障害も起こらず天候にも恵まれて団体参拝に行けたことを、たいへん嬉しく思っています。
ご一緒に参加された壮年会の方々は、普段お寺でお会いする時とは違った発見が数多くあり、レンタカーで全員が一台のワゴン車に乗れたこともあって、車中での楽しい会話などを通じて壮年会会員の絆が一層深まった気がしています。
たとえ一泊の旅行でも、一期一会だからこそ意義あるものにしたいという皆さんの熱い想
いに支えられ、本当に楽しい伝灯奉告法要の旅をすることができました。 最後になりますが、副会長の鈴木誠さんには旅行全般の予約から実施の管理、さらにはレンタカーの運転までたいへんお世話になりました。心から厚く御礼を申し上げます。 合掌

幹事 釋入真(熊野智仁)



仏教壮年会20周年特集(1)

ご 挨 拶

第三代(前)会長 釋明応(宮﨑英治)


雪の下では、早くも新たな土の息吹が感じられる頃になって来ています。これまで、眞願寺仏教壮年会は、平成8年2月会員73名で、結成以来、早くも20年という大きな歴史を刻む事になりました。その間ご住職及び総代、婦人会、皆様のご指導も頂いた中、お寺と共に、歩んだ20年でもありました。平成20年、開教125年慶賛法要には、[未
来に引き継ごうこのお寺をお念佛のともしびを]と共にお勤めさせて頂きました。
そして昨年3月には、創立20周年の記念式典、祝賀会、また7月に、札幌組壮年の集いを行い、眞願寺を会場として山階先生の講演を頂きました。
現代社会を顧みると、先の見えない混迷した社会とも言われ、楽しみがあっても、喜びのない時代、家があっても居場所のない時代となってきました。私達は、この世に一人で生まれ、一人で死んでいかねばなりません。何処まで行っても、人生は一人でありますが、独りぽっちでは生きてゆけない、居場所がないと生きられないと矛盾を抱えています。それは、孤独と不安の現代社会に生きる自分のためと言えるのではないかと思います。その為には、支え合う仲間一人ひとりができうる事を考え、阿弥陀如来本願名号を聞信し、お念仏申す門徒として、朋友の輪を拡げ、さらに、お念仏とともに、力強く生き抜くよろこびを広く伝え、心豊かに生きる事の社会の実現をめざし、会員一同と共に護持発展に努めていきたいと思います。
この度、任期途中ではありますが、20周年という大きな節目も終わり、会長を退任させて頂く事になりました。この間、関係する北海道教区仏壮連盟理事長など重責を担わせて頂きました。それも壮年会員の皆さんのご尽力とご協力の賜と確信する次第でございます。心よりお礼と感謝を申し上げます。永い間、大変お世話になり、ありがとうございました。合掌

ご 挨 拶

第四代(現)会長 釋悟深 (徳永俊司)


陽射しに春の訪れを感じる今日この頃、門信徒の皆様には、日々お念仏の教えとともに、ご清祥にてお過ごしのことと思います。仏教壮年会も1月29日、責任役員髙間専造様のご臨席を頂く中、第21回総会を終了し、新年度事業がスタート致しました。
宮﨑会長が任期半ばで辞任されまして図らずも私が会長職を受け継ぐこととなりましたが、私自身いたずらに過ごした壮年会での20年間の自責の念と、職責の重さを、今、痛感している処であります。
皆様方のご指導の程を宜しくお願い申し上げます。
昨年は壮年会の創立20周年の節目にあたり記念事業を催すことが出来ましたことは、総代会、婦人会をはじめ、眞願寺をご縁とする皆様方のお陰と改めて感謝申し上げます。壮年会が皆様と紡いできた大切な20年の日々をこれからもしっかりと守り育て組織の充実に努め眞願寺の護持発展に寄与できたらと考えています。
とは言え、会員の多くは働き盛りの多忙な身であります。日常生活の限られた時間の中にあっても、念仏を聞き掌と掌が合わさり真宗の教えにふれ、そして、又お寺に足が向かう、そんなきっかけ、機会づくりを通して、会員が自然体で阿弥陀如来の本願と向きあうことのできる場所壮年会になればと思うこの頃です。
今年一年がご門徒皆様にとってお念仏のともしびとともに安穏なる日々となります事を願いながら、今後も壮年会へのご理解を心からお願い申し上げます。合掌

事業報告 『記念式典・祝賀会』、『札幌組壮年の集い』を終えて

平成29年3月発行の寺報『響』第41号に、壮年会創立20周年記念事業の特集を掲載していただくとのご住職からのご配慮により文才のない私でございますが、事業の内容などについて少し書かせていただきます。
私は、平成22年度総会におきまして事務局長をお引き受けすることになりましたが、その時から創立20周年記念事業のことがずーっと頭から離れず、自分のような者でこの事業を進めていけるのか非常に不安に過ごしてまいりました。
そのような不安な気持ちの中、記念事業の準備委員会設立を26年度の総会で承認をいただき、その年はあまり活発な協議はしておりませんでしたが、27年6月の役員会から、お寺へ何を寄贈するか、記念式典・祝賀会の参集範囲や
祝賀会の予算をどの程度とすべきかなど本格的に協議を始めたところでした。
まず、一番大きな行事として協議したことは、「念仏奉仕団」を組織し本山で清掃奉仕をしようというものでした。しかし、協議していくうちに参拝できる時期は7月あるいは12月しかなく、京都の気候を考えるとどちらも作業するには厳しいだろうという結論になり、結果として、お寺で28年10月22日から予定している3泊4日の伝灯奉告法要に合わせ、壮年会では23日からの1泊2日、24日にお寺から参加された皆様と一緒に参拝をすることにしたものです。
また、このほかの行事としましては、お寺への寄贈や記念式典・祝賀会の開催、そして、7年ぶりに眞願寺が当番となる「札幌組壮年の集い」を「創立20周年記念事業」の冠を付けての開催でした。
「伝灯奉告法要」につきましては、他の幹事さんからの執筆がございますので、私からは、「記念式典・祝賀会」と「札幌組壮年の集い」につきまして、少し述べたいと思います。



記念式典・祝賀会


最初の大行事である「記念式典・祝賀会」は、春季彼岸会の中、3月19日土曜日、赤平市常照寺の佐々木重昭ご住職の法話の後、午後4時から開催いたしました。ご出席いただいた方々は、お寺関係の皆様をはじめ、総代の皆様、地区世話人の皆様、婦人会役員の皆様、そして壮年会会員の皆様、総勢68名でした。式典では宮﨑会長からの式辞の後、記念品としてお寺へ、「中京型背高経机・筆返し金具打」2脚を寄贈、ご住職、会長による除幕の後、ご住職、髙間責任役員、笠羽婦人会長様から心温まるご祝辞、会員への激励をいただきました。引き続き、祝賀会は鈴木副会長の軽妙な進行により安孫子初代壮年会々長の祝杯から始まり、平成7年から壮年会の設立にご尽力され準備委員会のメンバーである笠羽総代や清水元幹事、高間幹事様などから当時の思い出や苦労話をお聞きし、楽しいひと時を過ごしました。また、祝賀会の中でご住職が今年度から札幌組の組長に就任されることを知ることとなった日でもありました。
先輩諸氏が御苦労を重ね設立された眞願寺仏教壮年会、それを引き継いでここまで来ました。今後も眞願寺のご発展、ご隆盛のため、私は10年後生きているかどうか分かりませんが30年、40年を目指しご奉仕して行こうという新たな気持ちになったところであります。
今後も壮年会にご指導、ご鞭撻をお願い申し上げます。




札幌組壮年の集い


次に、7月9日土曜日、例年であれば家族親睦バーベキュの日ですが、眞願寺が7年ぶりに「札幌組壮年の集い」の当番寺院となったことから、20周年記念事業の一つとして眞願寺本堂で行いました。
札幌組内で壮年会を組織しているお寺は、札幌別院を除き札幌市東区の真照寺様、西井ご住職の光明寺様、そして眞願寺の三寺院しかなく、現在、組としても西井ご住職が壮年部長に就任され組織結成に力を注いでいるところであります。
「集い」は、鈴木副会長を調声に両脇を熊野幹事と私が座り、讃仏偈のお勤めから始まり、ご挨拶をご住職から札幌組組長としていただき、また、宮﨑会長から行いました。
その後、札幌別院様、光明寺様、真照寺様、勝圓寺様からそれぞれ活動状況の発表をいただき、最後に、眞願寺からは私が報告をいたしました。眞願寺壮年会といたしましては、他の仏壮の状況をお聞きし今後の参考とさせていただきたいと思います。
各寺の活動報告後、平成8年の眞願寺壮年会結成の際にも記念講演をしていただいた倶知安町東林寺ご住職である山階照雄師から20年振りに「老病死、を見つめて」と題し法話をいただきました。
冒頭、「お寺にとってはやはり仏壮である。仏壮はお寺の力になってくださる。自分のお寺の仏壮会員には学校の先生や書道の先生もいるし、農家の方はもちろん力になってくださる。農家の方は本当に力になってくださる。元々農家の方は共同作業をやってこられたから、特に熱心にやってくださる、ありがたい。もし仏壮が無かったら、えらいことになる。仏壮のおかげで何でもできる。」と仏壮を持ちあげていただきました。また、「東日本大震災のボランティアの炊き出しの際にも、仏壮や仏婦の皆さんにも力をいただいた。会員の皆さんにもこの奉仕活動を喜んでいただいた。」とお話しされました。そのようなことで、眞願寺壮年会々員の皆様におかれましては今後もお寺へのご奉仕を宜しくお願い申し上げます。
さて、本題であります「老病死」につきましては、実際のこととして東林寺で連続研修を受けられていた方が途中で病気になられ、その方が死に直面し、「私には阿弥陀如来様が付いている。帰る場所がある。」と浄土真宗のみ教えをいただかれ、往生されたというお話でした。もし私がそのような状況になった場合、現状や子ども、孫との関わりを考えるとすぐに受け入れられる自信はありません。また、山階ご住職から「浄土真宗以外の教えは死を嫌がる、浄土真宗は死を見つめる教えであり、お釈迦様は人生は苦なり、死を見つめなさいと説かれている。」ともお話をされました。
すばらしいご法話をお聴聞し、今後は今日を大事に生きて行かなければならないと感じたところです。
最後になりますが、この「集い」におきまして、最初の勤行では脇をさせていただき、また、活動報告では発表も行い、さらには懇親会でも進行役も担当するなど大変忙しく、しかし充実したビールの美味しい一日でした。ありがとうございました。   合 掌

事務局長 釋是真(堀和雄)



歴代会長より

壮年会が生まれて20 年 これからの眞願寺


先日事務局の堀和雄さんから原稿依頼を受け、そうか壮年会は二十年たったのだと改めて思ったところでした。
壮年会の創立の事情はみなさんの思い出の中にあると思いますが、お寺の歴史の経過の中で生まれるべくして誕生したのではないかと思います。本堂完成、待望の住職を迎え瑞江様とのご結婚をへて住職継職法要を執り行い名実ともに生まれ変わる眞願寺が誕生しました。
当時私たち檀家を基本とする門信徒は数が増え1200戸を超えるほどになりました。総代会をはじめとする役員、地区世話人、婦人会がありますが、壮年と言われる年齢層の方々とは取り立ててお寺とのつながりがありませんでした。本来お寺は老若男女すべてが集うところです。といってもお寺とのかかわりを持つきっかけは何かなければと考えるところに壮年会の発想を得たのです。
平成8年2月25日午後発会式が行われしました。「慈光」と大きく書かれたプログラムを懐かしくみてそのころを思い起こしてみます。当山に入寺されて間もない了正住職はご結婚、住職継承、子息誕生、本堂落慶と矢継ぎ早に事が進んでいる中で壮年会を発足との思いはわたくし共にとっても必然であったのでしょうか。
私はあいさつの中で「・・仏事の意味合いについて深く考えることのない私どもですが、壮年会の行事を通じて浄土真宗の教義に触れ生活信条を体験することにより、阿弥陀如来の本願に感謝して生きていくことを念じたいと思う次第であります」と申し上げました。入会の会員は同じ思いを共有していただけていたのかと思っております。当時全国では20年も前から壮年会が本山の勧めのもと各地に生まれていました。
発会の前年札幌で全国の集会があり参加者の年齢に驚いたのです。また近隣の南幌妙華寺様、西井さんの光明寺様の壮年会は先輩の会としてすでにありましたが、どちらも年配の方が多かった記憶があります。若い壮年会として誕生した眞願寺仏教壮年会ですが現状70歳以上の特別会員が多くなっているのも発足当時の他の壮年会を見て予想されることでした。
壮年会はお寺に集い仏教を学び親鸞聖人の教えを身に受けて私たちの生活信条としていくことをめざします。私たちは例会を含め多くの法座を聴いてきました。会員の中には初めて仏法に触れる人も多くいました。日常勤行聖典を手にし『正信念仏偈』を初めて声を出して唱えてみました。「仏事のイロハ」は本を通じて私たちの常識の誤りに気付き、正しく宗教の理解を深めることになりました。
聞法を大切にする私たちの浄土真宗はまず行事に参加することが肝要です。若い人たちの時間帯は仕事に左右されることが多く、例会等行事のプランに苦労するところですが、壮年会に限定せずにお寺の催しに積極的に参加し聞法の機会を得ることを望みます。
壮年会に入って団体で本山へ出向く機会を得た会員は多くに及びます。年を取ってから京都の本願寺へお参りすることもよいでしょう。しかしそれ以前に若いときに本願寺において親鸞聖人のご影に接し(御影堂)、阿弥陀様(阿弥陀堂)に手を合わすことは多くの感動を得ることができます。
我が家のお仏壇、お寺の本堂で終わることなく私たちの信ずる根源に触れることは大切なことと思います。さらに多くの人との交流が生まれました。
自分だけが悩んでいたり疑問に思っていることが実は他の人も同じことを感じていることに触れ共感したり安堵することがあります。あなたもそうでしたかなどと思う瞬間に仲間の意識が生まれます。
発会初期のころは幹事会の後でよくお酒を酌み交わしながらよもやま談義をしました。若き住職の話友達になっていたのかと思います。私たちが信ずる阿弥陀様の働き、それを私たちに導いてくださった親鸞聖人、蓮如上人のみ教えが日々の私たちの生活や仕事にどのようにかかわっているのか、はじめは気付くことはありません。何かのきっかけで物事のなぜに触れたとき、み教えは生きてきます。煩悩だらけの私たちは、命の原則を理解し、悩みや欲望から解き放されるのかと思います。修行といえば難行、苦行を考えますが、日々の行いの中に修行の種がたくさんあります。お寺に集って法話に耳を傾けお寺を出たら別人になる自分があります。いつもそうとは限りませんが・・・
命のつながりを思うとき眞願寺に壮年会が生まれたことはとても画期的なことであったと思います。私たちの父母・祖父母・高祖父母たちの仏様と今の核家族化の進んだ状況の仏様には多くの違いがあります。昔は生活そのものに仏壇がありました。なんの疑問もなく仏様がみんなの中にありました。いまはどうでしょう。おうちに仏様のいない家族が多くなりました。お寺は檀家があり住職がいて成り立っていると思っているうちに、檀家が継続できなくなりつつあります。一人ひとりがお寺の構成員になることが求められます。
壮年会は世代にまたがり家を超えてお寺を支える基礎になるべきものかと思います。さらに言えば婦人会、壮年会をより開かれた会へと進め、門信徒のみんなが垣根なくお寺に集える仕掛けにしてはどうかと思います。婦人会が用意したプラン、壮年会が段取りした行事にどなたも参加できる催しにしてはと思います。
地方消滅が大きな問題になっていますが、それは私たちのお寺の存続につながることになります。全国ではお寺の消滅が進んでいます。明日の眞願寺をしっかり思い描いて私たちの心のよりどころを繋いでゆきたいと思います。
永代にわたりわが眞願寺が、お参りの人々であふれ心の支えを得て幸せな日々が続くことを思い描きたいと思います。老若男女区別なくみんなが集い寄り添えるお寺をみんなで作りましょう。壮年会の限りない活躍を願い二十年のお祝いといたします。

初代会長 釋得真(安孫子建雄)






このお寺を次世代にどう引き継ぐべきか


仏教壮年会20周年まことにおめでとうございました。
初代安孫子建雄会長を引き継ぎ、就任と同時に「壮年会十周年記念事業」(冨田不二也様の記念講演)を会員・役員および先輩諸氏の絶大なご協力により執り行うことができました。
その後「開教125周年・寺号公称120周年事業」(清岡隆文師の記念法話)。翌年本山での「眞願寺門信徒追悼法要」、その時別室での「即如前ご門主様とのご面会」、「壮年会結成大会」参加。
常福寺(浪江町)での境内清掃奉仕を終え、一瞬の津波に破壊された請戸地区、その海岸から4km先には廃炉作業中の福島原発。人影の見えない静寂な市街地への帰還は、まだまだ先のようで胸が痛む思いでした。
以上のように、数々の事業で貴重な体験をさせていただいたのが昨日のようです。また、昨年は第2期伝灯奉告法要に団体参拝および壮年会の方々と参拝でき、浄土真宗のみ教えをいただきました。
仏教とは死んだ人のためにあるのではない!
お釈迦様は生きているひとに「なぜ生きる」を教えられ、親鸞聖人がその神髄を私たちに教えられた!
仏教壮年会を取り巻く環境は、少子高齢化、核家族化、参詣者の減少(寺離れ)および各種事業への参加数の減少となっています。私たちは『未来へ受け継ごう、このみ教えを念仏のともしびを』を実行していきましょう。

第二代会長 釋賢徳(萩原建興)








仏教壮年会20周年特集(2)へ続きます

伝灯奉告法要 第二十五代専如門主

宗祖・親鸞聖人があきらかにされた「浄土真宗のみ教え」(法灯)が、聖人から数えて第二十五代となる専如ご門主に伝えられたことを、仏祖の御前に告げられるとともに、お念仏のみ教えが広く伝わることを願い、伝灯奉告法要が平成28年秋から29年春にかけて一日一座、八十日間勤められます。
眞願寺では第一班が平成28年10月22日~25日、第二班が平成29年5月12日~14日、壮年会が第一班と参拝日をあわせ平成28年10月23日~24日、とそれぞれ団体旅行を企画しました。第一班そして壮年会の団体旅行を終えましたので報告します。尚、第二班はこれから参加者の募集が行われます。


本願寺御影堂の内陣御真影様と五具足

御影堂外陣晨朝勤行の様子

眞願寺団体参拝旅行 京都本願寺伝灯奉告法要参拝と広島参拝の旅


伝灯奉告法要には国内外から多くの方々の参拝があった。当寺の団体参拝旅行のメインも、伝灯奉告法要への参列である。
初日の広島平和記念公園と本願寺広島別院参拝、二日目の宮島見学と妙専寺参拝、そして三日目は姫路城見学の後に、いよいよ本番の伝灯奉告法要への参列である。すでに到着していた壮年会の方々と合流し、総勢は31名となる。
親鸞聖人から歴代宗主のもとに脈々と受け継がれてきた念仏の尊さをしっかりと受け止めて、御影堂の指定の席に着席する。前方中程のまさに優先指定席のようである。すでに当寺住職は、法要出仕のために出向かれて姿はない。
この法要では特別な荘厳(お飾り)が施され、御真影(ごしんねい・親鸞聖人像)正面の前卓(まえじょく)には、五具足(ろうそく立一対、花瓶一対、香炉)のほか、供物は紅白の餅が盛られている。ろうそくは特大の碇型の朱ろう、仏華は松だけで制作した特別な立花様式であり、ただただ目をみはるばかりの荘厳である。
法要は雅楽が奏でられる中、紫衣に緋色の五条袈裟を着けられたご門主が入堂され、登礼盤されたご門主に合わせて、お念仏の声が堂内に響きわたった。
法要に引き続き、「伝灯のつどい」が行われ、ご門主ご夫妻とお子様たち、前門主ご夫妻もお揃いで登場され、参拝者たちは心あたたまるひとときを過ごした。
宗祖親鸞聖人のご遺徳を偲びつつ、お念仏申す人生をいただいたことを、深く味わせていただいた旅行であった。合 掌

衆徒 釋 彰 響(鈴木 彰)






団体参拝旅行に参加して


10月22日から10月25日(3泊4日)21名の旅行は眞願寺ご本堂での朝の参拝から始まった。
眞願寺とのご縁で生前の両親も京都本願寺にて帰敬式で法名を拝受していました。両親を見送り眞願寺とのご縁も多くなり、また定年を迎え心に余裕もでき、久しぶりの本州旅行を楽しめるかと夫婦で参加致しました。
37年振りの「本願寺伝灯奉告法要」とありがたい機会に私共も「帰敬式」を受けてみようと参加しました。
広島県の地は初めての旅行。初日はなんとプロ野球日本シリーズ開幕日。広島カープと日本ハムとの初戦で敵地に乗り込む感じ、日本ハムファンとしては赤ヘル軍団に押し負けそうでした。御尊父様が広島出身でファンでもあるご住職には申し訳ないですが、旅行者のほとんどは日本ハムファンでした。さてさて、きになる結果は・・・(10月29日に日本ハムが4勝2敗で日本一に)
旅行は広島平和記念公園・原爆ドーム・資料館見学、2日目に宮島の厳島神社見学、妙専寺(眞願寺 石堂了正ご住職の御尊父の実家)参拝・前ご住職のご法話、3日目に世界遺産の姫路城見学と急ぎ足ではありましたが十分楽しめました。
旅行もいよいよ本来の目的である京都西本願寺「伝灯奉告法要」と「帰敬式」と厳粛かつ緊張感の中で執り行われ、第25代専如ご門主様より直接「おかみそり」で触れていただき背筋がピーンと張ってくるのを感じました。終了後、ご住職より「おめでとうございます」と私に「釋智篤」妻に「釋淨登」と私共の望んでいた法名を拝受しました。
命が終わってからではなく、生きている「今」受式し、心新たにお念仏を喜ぶことなのかと、一気に緊張が解けたような気がしました。知らない、分からない、で通してきた私共だけに教わることが多い「帰敬式」でありました。
4日目(旅行最終日)には大谷本廟を参拝・納骨、清水寺を見学後、一路伊丹空港へと帰路に着き、眞願寺ご本堂に到着のご報告を申し上げ参拝後、散会しました。今回の旅行で心の糧を膨らますことができ日々を大切に過ごし今こうしていられることに先祖と両親に感謝しながら生活していこうと改めて自覚しました。ご住職、坊守さんのお気遣いもあり、また、旅行参加者と和気あいあい、大いに笑っての4日間、眞願寺との御縁も若い時よりも年を重ねて一歩ずつ理解できてくることがよろこびになるような気がします。
本当に4日間ありがとうございました。

釋 智 篤 (大山篤人)








川柳 絵手紙

寺巡り心の棘が抜けていく
本堂の巨大なおりんで身が締まる
本願寺朝の境内深呼吸
平和問う原爆ドーム世界の目
古寺訪ね歴史を繋ぐ苦労知る
妙専寺ニッカ竹鶴と繋がった
声出して食事挨拶日日感謝
旅の宿上げ膳据え膳に主婦忘れ
住職さん旅途中でも次の案
坊守さん気遣いうれし笑顔添え

釋 淨 登(大山登美子)









門信徒総会・新年会1月22日



 

 

 

午前10時より婦人会の役員皆さんが集まられ、新年会に振舞われる豚汁の準備にご奉仕いただきました。壮年会も29日の総会を前に、役員会が行われました。また総代さんも集まられ、総会と新年会の準備をしていただきました。皆さんご苦労様です。

多くの門信徒皆さんに参集いただき、萩原総代の進行により、午後1時より勤行そして総会が行われました。住職・髙間責任役員からは、昨年も一年間に参拝いただいた方が、とても多かったことや、今後も一人でも多くの方が参拝され、来てよかったと思っていただけるお寺を目ざし、皆さんとご一緒に聴聞させていただきましょうと、挨拶がありました。

また、仏教壮年会・仏教婦人会・パークゴルフ実行委員会・いちょう会ら、各教化団体の代表より一年間のご報告もありました。皆さんの一年間のご苦労に感謝させていただきました。

議長には壮年会幹事の鈴木眞砂美さんが選出され、事業報告決算・事業計画予算案が審議され、上程通りご承認いただきました。今年の特別行事としては、5月に眞願寺団体参拝旅行(第二班)があります。昨年10月にも30名の参加をいただき、とても素晴らしい旅行となりました。是非、本願寺の伝灯奉告法要に参拝いただきたいとのご案内がありました。

総会終了後、ご本堂で記念撮影が行われ、多くの皆さんとご一緒に集えたことをともに慶びあいました。そして新年会は河合総代の進行で始まりました。安孫子総代の乾杯に始まり、賑々しくおいしい豚汁や、いただいたお漬け物を頂戴しながら、楽しい一時を過ごさせていただきました。

恒例のくじ引き抽選会、そして住職賞・責任役員賞・坊守賞・前坊守賞・法務員賞などの特別賞が引かれ、一喜一憂しつつ、楽しい宴もお開きとなりました。

参加いただいた皆さん、ありがとうございました。