戦没者追悼」タグアーカイブ

ヒロシマとナガサキ

6日ヒロシマの日、9日ナガサキの日。心を込めて追悼し、あらゆる人びとが心豊かに生きることのできる社会になるよう、市民団体の方々と鐘をつきました。

お盆を終えて 戦後70年

今年も13日から三日間にわたって行われた晨朝勤行も毎回30名以上の方々に参拝いただく中で、尊い朝の一時を過ごさせていただきました。

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又、13日から16日までの納骨堂での読経参拝でも、多くの方々にお参りいただき、ご先祖をご縁として、仏縁をいただかれたと思います。私のいのちのルーツをたどり、私のいのちであるけれど、そこには多くのご先祖のいのちが、今日の私のいのちえと受け継いでいただいた事を、あらためて感謝し、お陰様と手をあわさていただいたことでしょう。

DSCF8221納骨堂ではお供物やお花など、参拝されたら必ずお下げしていただくようにお願いしていますが、例年に比べて皆さんだいぶご協力いただけるようになったと思います。いあだかたずけるだけではなく、「おさがり」として、いただくことがありがたいことです。今後ともその意味合いをご理解いただき、参詣いただければと思います。

さて、15日、16日の午後1時から行われた盂蘭盆会では、ご本堂も満堂となり、両日150名を越える方々が参詣いただきました。特に15日は初めてのお盆をお迎えになられた方にご案内させていただきましたので、ご本堂に来られるのが初めての方もたくさん来られていたようです。しかし、仏説阿弥陀経のお勤めを、大きな声でご一緒にお勤めいただき、とてもありがたく思いました。

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15日の住職の法話の前席では、そんな初めてこられた方にも、仏教をご理解いただきたく、誰しもさけることのできない「生老病死」の四っつの苦しみを知り、それを受けとめ、乗り越えてゆく道が仏となるおこの教えです。そのお導きを先に亡くなっていかれた多くの方々が、仏となられ私を導いて下さっている、そこにであって下さい。とお話しさせていただきました。

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後席では、戦後70年を思い、浄土真宗本願寺派ご門主様のご法話、そして総長の談話をご紹介し、戦争で亡くなってゆかれたすべての方々に追悼してゆく大切さと、憎しみもないお互いが殺しあわなければならないことが戦争そのものであることを再認識し、何事もされる側に立って考えてみること。そして国会で議論されている安保法案についてもその結果に憂いつつ、先ずは自分の「自我」を見つめつつ、お互いに認め合DSCF8206うことのできる社会の大切さをお話ししました。

16日の名和康成師のご法話も、「お盆」の由来のお話をはじめ、ご自身の祖母が先日ご往生された時のこと、そして「死」にはじめて立ち会った我が子の様子など、いのちの看取りの大切さをまじえ、尊いお話をいただきました。

16日のご法話が終わり、午後4時より納骨堂の清掃作業があり、門信徒のお手伝いいただいた皆様とご一緒に、お供物などを下げさせていただきました。お手伝いいただいた皆さん、本当にありがとうございました。DSCF7841

さてお盆が終わり、早くも秋空がみえるようになりました。各御寺院の報恩講もはじまってゆくことでしょう。

安全保障関連法案に思う

日本は過去の大きな過ちと反省によって、憲法9条「戦争放棄」が制定され、平和な70年を過ごしてきました。しかしこの度の安全保障関連法案の採決は、その憲法を無視し、「戦争を放棄する国」から「戦争をする可能性がある国」へと変えていくことでしょう。中でも集団的自衛権の行使を容認することは、日本人が国外で人を殺し殺されるという事態が起こり得る可能性があり、戦争放棄を捨て去ることになります。

昨日の国会での強行採決は未来を踏みにじり、人のいのちを奪 い取っていくことに直結する行為であり、一国民として、又仏教徒として、私はとてもとても受け入れる思いになれないのが今日の思いです。もし、このような法案をあげるのであれば、国民に憲法改正を提案し、その上で国会で議論するべきだと思います。

法句経には「己が身にひきくらべて、殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ。」とあります。暴力によって殺される側に自分の身を置いてみなさいということです。殺されるいのちの恐怖や苦しみを、自分自身の恐怖や苦しみとして感じ受けとめるなら、殺す側に立つことはありえません。国家や集団が、戦争やテロのような暴力を行使して人を殺すとき、必ず何らかの「正義」の名のもとに自らの行為を正当化しますが、そこには暴力を受けるひとつひとつの生命に「己が身をひきくらべる」思いが欠けています。殺される生命の苦しみや痛みを思い、共感することが、非暴力・不殺生という生き方を貫くための鍵になるのです。(大谷大学HPより掲載)

戦争は最大の暴力であり、あらゆる人々に犠牲を強いる愚行そのものであります。いかなる理由であれ、自己を正当化して、かけがえのない「いのち」を武力で奪いとることは、何人にも絶対に許されることではありません。

江別市市議会においても「安全保障関連法案の徹底審議と国民 への充分な説明責任を果たし、拙速に 成立をさせないことを求める意見書」の 提出について、戦争につながる安全保障関連2法案 (国際平和支援法、平和安全法制整備 法案)の廃案を求める意見書採択につ いて、戦争法案に反対する意見書を国に提 出することを求めることについて、それぞれ議案にあがったようですが、可否同数のため議長決裁で不採択となったことは、とても残念なことと思います。

広島県妙専寺様へ叔父の満中陰法要

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昨年12月にご往生された広島県妙専寺前住職さまの満中陰法要が1月22日修行され、お参りさせていただきました。前住職様は私の実父の兄であり、叔父になります。中々遠方のため、行き来が難しくしておりお見舞いにもうかがえない中で悲報を聞き、さびしく悲しいことでした。なつかしい面影を偲びつつ、自坊でお参りはしていましたが、満中陰法要には参拝し、感謝の中でお念仏申させていただきました。

DSC01794叔父はプロ野球が好きで、大の広島カープファンで、私の父と同じでした。そんな影響から、私も受け継ぎ、北海道には珍しいカープファンです。そしていつの間にか私の息子も。そんな息子に叔父よりカープのユニホームやらサインボールなど、まだ息子が小学生の頃、たくさん送って下さいました。そして、やさしくしていただいたご縁を感謝しつつ偲ばさせていただきました。

DSC01820翌日は平和公園に参拝させていただきました。資料館を見学しますと、たくさんの方々が真剣なまなざしで説明を読まれ、手をあわされる方や、涙する方、そしてその場にDSC01829立ち尽くす方もいらっしゃいました。その多くの方が外国人でした。

DSC01828原爆死没者慰霊碑の前に立つと、犠牲になられた多くの方々に、ただただ合掌せずにはおれない思いになりました。今も世界各国でもテロや内戦が続いている今日、碑に刻まれている「過ちは繰返しませぬから」の字は、私に問われている言葉と、いただきました。「武力を持たなければ平和は勝ち取れない。相手がもてば自分も武器を持たなければ。核兵器は必要だ。」こんな議論が日本でも進んで行くようなことにならないよう、願うばかりです。

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江別市戦没者追悼法要(遺族会主催)が眞願寺で

10月に入り一雨ごとに秋らしくなってきました。季節の変わり目をむかえ、体調管理が大切な時期でもありますが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。

 毎年の秋の恒例行事である江別市遺族会戦没者追悼法要が、今年は眞願寺本堂を会場として、10月10日10時より行われました。この法要は「奉仕寺院」として登録していただいている市内各寺院が会場を持ち回りで行われています。今年は眞願寺の会場となり、市内各宗派のご住職が集い、ご法要をお勤めさせていただきました。今年はご寺院のご都合が合わなかったのか、四ヶ寺の出勤でした。皆さんの日程調整も難しいですね。



ご法要では私が導師を勤めさせていただき、来賓の皆様より追悼の辞をいただき、御遺族皆様にお焼香をいただきました。毎年のことですが、残念ながら今年も市長は来られず、副市長が代務でおいでになられていました。

ご法要の最後に当番寺院の住職(導師)より講話と言うことで、少しお話しをさせていただきました。浄土真宗本願寺派において、毎年9月18日に行われている『千鳥ヶ淵全戦没者追悼法要』をご紹介させていただきました。この法要は悲惨な戦争を再び繰り返してはならないという平和への決意を確認するため、戦争で犠牲になられたすべての方々を追悼し、東京・国立千鳥ヶ淵戦没者墓苑において修行されています。そのご法要には老若男女問わず、多くの学生も参列し、戦争を学ぶ大切なご縁となっています。

 その時に今年も中学生と高校生のすばらしい作文が披露されました。その作文をご紹介させていただき、率直に我々も、今一度認識を新たにして行かなければならない。そして、子や孫の若い世代に、この悲惨な歴史をきちんと伝え、平和の世界をめざしていくこと。そして、戦禍で犠牲になられた多くの方々、わが真宗においては浄土往生され、みほとけとなられた方々のご苦労を偲び、殺し合うことが合法とされる戦争、まさに地獄の世界を二度と起こさないよう、勤めていかなければならない。それにはこのご法要に参拝される方が、年々減少しているが、若い方々が参拝していただけるよう、ご尽力いただきたい」と申し上げさせていただきました。

ご法要の中で『表白』という法要の趣旨や思いを導師として読まさせていただきました。


「『殺してはならない』と仰せられたみほとけの御誡めを破って、武器を取り聖戦の名のもとに戦場に赴かなければならなかった仏教徒たちの悲痛な心を決して忘れることは出来ません。しかし、私どもの多くはそういう犠牲者たちのことを忘れ果てて今日の繁栄に酔い痴れております。」

と申させていただきました。まさしくこの私のことと懺悔しつつ、お念仏申させていただいた、尊いご法要でした。予科練に志願し戦禍に赴き苦労した実父も往生され7年がたちます。その実父の残してくれた「戦争体験記」を近々読み返そうと思っています。

ご法要が終わり、記念講演として『介護予防のポイント』と題し、江別第一包括支援センターより保健師を招き、いつかは必要になる私の問題としてもためになるお話しを聞かさせていただきました。これも大事なことですね。



 

 

 

今年は遅くなりましたが、北海道の大雪山にも初冠雪のニュースが聞こえてきました。鮭の遡上も道内各地で見えるようです。境内の木々も幾分色づきはじめたようです。まもなく紅葉の季節ですね。皆様どうかご自愛いただき、すばらしい秋の季節をお過ごし下さい。