月別アーカイブ: 3月 2018

春のお彼岸を終えて ②

21日(水)春分の日は、春らしいいいお天気になりました。朝から納骨堂に参拝される方も多かったようです。そんな中で、婦人会役員の皆さんはお昼のなごみ食堂の準備、壮年会役員さんは役員会で、朝から参集くださいました。

午前11時半より、広間でなごみ食堂がはじまり、お蕎麦とうどんのご接待がありました。婦人会の方が厨房で、壮年会の方が会場で接待をそれぞれ担当していただき、多くの皆さんに楽しんでいただきました。とてもおいしくいただきました。

12時半には、ご本堂も多くの方が参集され、ご法要をお待ちくださいました。そんな中で法要前の一口法話ということで、12時40分より竹澤真哉法務員さんのお話がありました。

午後1時、本堂前のロビーや廊下まで満堂になったご本堂で、お彼岸の法要です。法要は正信偈の意訳である「しんじんのうた」を満堂の皆さん(約200名)とご一緒に、おを勤めしました。

住職の御文章拝読に引き続き、衆徒廓成氏よりご挨拶がありました。

ご法話は当寺住職で、親鸞聖人のお言葉(教行信証)をいただき、また門信徒皆さんのお見舞いなどで一筆贈呈している言葉「いのち毎日あたらしい」の説明などをふまえ、お念仏に出会えた喜びを、ご先祖に感謝しましょうと、お話しいたしました。

そして午後2時半、江別第一中学校吹奏楽部の「お寺でコンサート」です。3年生が卒業し間もないこの日、毎年2年生が主体となって、アンサンブルを演奏してくださいます。今年も35名の部員が出演してくださいました。

フルートの三重奏「ムーンリバー」、クラリネット六重奏「こきりこ」サックスフォーン四重奏「サキソフォーン・バスカーズ」などの静かな曲から、管楽七重奏「ラバーダックレース」や金管八重奏「晴れた日は恋人と市場へ」などを演奏してくださいました。

間近で一生懸命に演奏している姿は、見ている私達の心をなごませ、暖かい気持ちになります。この子供たちのためにも、よりよい地域を築いていかなければと思うことです。

部長さんよりご挨拶があり、最後は「エンターティナー」を演奏してくださいました。Fl・Cl・Tp・Tb..皆さん素晴らしかったです。

当然アンコールがあり、割れんばかりの拍手・拍手。最後に出演者皆さんに出ていただき、おやくそくの「だいふく」を御礼にさし上げました。

そして今年で定年退職の顧問武田先生に、笠羽婦人会長より御礼の花束贈呈、住職より色紙「響流」とお念珠が贈呈されました。

その時、この日が先生の60回目の誕生日ということがわかり、部員も一緒になって「ハッピバースデー」の大合唱で拍手喝采となりました。満弁の笑顔で最後のご挨拶でした。五回も続けてこの春のお彼岸に、尊いご縁をいただきましたこと、本当にありがとうございました。そして新任の先生にも是非お願いいたします。

第一中学校の生徒さんらも含めて250名以上の方が一度にご本堂に集った春のお彼岸でした。演奏してくれた子供たち、その姿を見つめほほえんだ私達、そんな姿を彼岸の世界から、多くのご先祖がほほえんでくださったことでしょう。その後先祖のお導きが、尊いご縁となったと感謝しつつ、手をあわせました。

春のお彼岸を終えて ①

一週間のお彼岸も今日が最終日となりました。多くの方がお寺に参拝され、納骨堂や一處廟にもご先祖を偲びつつ、ご本堂にも礼拝されました。

全国的にも荒れた天候でしたが、北海道ということもあって雪の日や-13度まで下がった日もあり、雪解けの時期と重なり足元の悪い中での参詣、本当にありがたいことでした。ふり返れば反省点もありますが、どのかたも眞願寺に足を運ばれ、笑顔でお帰りいただけるよう、試行錯誤のなかでお迎えしました。

18日から20日の三日間のご法要は、天候に限らず50名から70名の参拝をいただき、ご一緒に「さんだんのうた」をお勤めしました。住職の挨拶などでは、「知ってますかこの言葉、実は仏教語」として「行儀」「懐石」「迷惑」「覚悟」などの言葉を紹介し、知らずに使っている言葉の元々の意味をお話ししました。

ご法話では茂尻の佐々木重昭師にお話しいただき、何気ない普段の生活の中から気づかれた事などを題材に、お念仏のみ教えをお話しくださいました。来年もこのお彼岸に是非にとお願いしました。

19日・20日はご法座が終了してから「仏事相談室」を開催しました。常時行っていますが、別室を用意し常住しての開催は、気軽におこしくださる方も多いようです。「お仏壇やお墓の相続」「家庭・家族間での悩み事」「ご法事や葬儀についてのご質問」「お墓から納骨堂にしたいけど」など、今回もお話しを聞かさせていただきました。次回は4月8日10時~12時・14時~17時です。どなたでもお越しください。

春のお彼岸 初日

境内の雪解けが進む今日です。樹木や石灯籠の根基から解け始め、庭の土も見えてきました。今日から一週間お彼岸です。私達仏教徒にとっては、御往生された大切な方のお手回しによって、私の未来を見つめ仏様のみ教えを聞く期間と言えるでしょう。お寺に参詣し、ご法要とご法話にあわせていただきましょう。

 先日の3月16日に行われた親鸞聖人ご命日法座には、50名以上の方々とご一緒に、正信偈のお勤めをしました。

ご法話は妹背牛町法忍寺様の渡辺雅俊師にお越しいただき、ご自身の心なごむ身の上話を元に、わかりやすくお話しくださいました。

そして本日18日、彼岸会の初日にも70名を超える門信徒皆様が参詣されました。とてもいいお天気にも恵まれて、春の日差しを感じつつ、お寺にお越しくださったことでしょう。

お勤めは「さんだんのうた」を皆さんとお勤めし、ご法話は佐々木重昭師に三日間お話しいただきます。今日はご門主様がお示しくださった、「和顔愛語」と「少欲知足」についてのお話しや、お念仏のお味わいについてお話しいただきました。

あと二日間のご法話、皆さんと聴聞させていただきたいと思います。

そして19日・20日はご法要の午後4時より仏事相談室があります。どなたでもお越しください。

21日はなごみ食堂・住職法話・江別第一中学校吹奏楽部の御堂コンサートがあります。どうぞお越しください。

食事のことばの普及について

 私がこのお寺にお勤めさせて頂いてあっという間に2年目になりました。最近お寺で食事をご馳走になる時に私が「食事の言葉」を発声させて頂いています。きちんと「食事のことば」を申しますと食事がいっそう美味しく感じます。
 幼い頃は難しい言葉は使えないので「いただきます」「ごちそうさま」しか言えませんでしたが、きちんと手を合わせ合掌し申しますと自坊の御門徒さんが誉めて下さいました。幼いながらもとても嬉しく、とても誇らしい気持ちになりました。
 近頃、学校給食でお金を払っているのだから「いただきます」「ごちそうさま」とわざわざ言う必要が無いと苦情の電話があるそうです。しかしお金を払ったからといって感謝の気持ちを表現しないで良いのでしょうか?驚くばかりです。
 皆様の御家庭では「いただきます」「ごちそうさま」という言葉がきちんと伝わっているのでしょうか?浄土真宗では「食事のことば」を食前食後に申しています。今一度、「食事のことば」を学んでみたいと思います。

食前のことば
『多くのいのちと、みなさまのおかげにより、このごちそうにめぐまれました。深くご恩を喜び、ありがたくいただきます。』
私たちの日々の食事は多くの動植物のいのちの犠牲の上に成り立っているのであり、そのいのちへ感謝と慚愧を明らかに示すことになります。私たちは多くの尊いいのちによって、今の自分が支えられている「おかげ」に気付くことで、感謝の心が育まれることでしょう。
 ※「慚愧(ざんぎ)とは自分自身の罪に恥じる心」
食後のことば
『尊いおめぐみをおいしくいただき、ますます御恩報謝につとめます。おかげで、ごちそうさまでした。』
「食前のことば」をとおして、私たちの食事はさまざまな尊いおかげによって成り立っていることに気付かされます。そして「食後のことば」では、この食事に対して、深い感謝の念を表すとともに、多くのいのちの「尊いおめぐみ」を糧にして今の私が生かされていることが示されます。
 「御恩報謝」とは、仏さまから救いの目当として願われていることへの、返しても返しきれないほどの大きな仏恩に対し、不断の努力をもって報謝の生活を送ることです。「食後のことば」では、「御恩報謝」と口にすることで、そのことを再認識し、報謝の生活を送る決意を表明しています。
※本願寺「食事のことば」解説より

 皆さんも是非ご自宅で「食事のことば」を申し、日々の食事に感謝し、「御恩報謝」して頂きたいと思います。眞願寺では「食事のことば」の卓上カードを配布しています。是非御家庭でお使いください。

法務員 釋真哉 竹澤真哉 

















坊守から・平成30年3月

 ちかごろ健康ブームですが、皆さんは健康のために何かされていますか?
 新聞のテレビ欄では、毎日どこかのチャンネルで病気や健康に関する番組を見つけます。血圧が高い人は何々が良い、風邪予防にはこれを食べると良いなど様々な事をとりあげていますよね。私は肩こり症なので特集があると見ています。先日は、「肩こりに効く30 秒体操これはすごい!簡単!毎日やろう!」とテレビを前に一緒に体操をして意気込むのですが、またいつもの通り三日坊主で終わってしまいました。比べる次元が違うのですが、冬季オリンピックで競技された選手の方々は日々地道な練習をし自分との戦いでしょう。想像を超える努力というのは、本当にすばらしいですね!感動しつつテレビを見ていました。
 私はというと、そんな簡単なことも出来ずにいますから情けなく悲しくなります。続かないし、加えて忘れっぽい。いつもご本堂で法話を聞いても右耳から左耳へスーッと忘れてしまうなぁとがっかりします。
 前に来られたご講師さんがお話の中で、「お寺へ来て良いことを聞き、賢くなって帰るということではなく、自分の背負っている重荷を下ろして、鎧を取って軽くなって帰ってください。そのままの自分で良いというホッとする場所がお寺なんですよ。」と言ってくださいました。そんなやさしく心強い言葉を思い出し少し安心したことでした。
 さて、ようやく春が近づいてまいりました。皆さんも冬の厳しい寒さや日常の色々なことで体や心が重く硬くなっていませんか。まもなくお彼岸です。お寺でほんの少し軽くなってお帰りください。お待ちしております。