月別アーカイブ: 6月 2015

第7回PG眞願寺杯行われる 

DSCF7260_edited-16月27日(土)、心配された空模様ですが、曇り空だけど雨もなく風も弱い絶好のPG日よりとなりました。半袖では多少肌寒さもあり、汗ばむまでは一枚着てのプレーとなりました。6月の終わりなのに北海道ならではですね。ありがたいかぎりです。

今年で7回目となりました眞願寺杯も、例年通り昭和の森PG場をプレー会場に行われました。おなじみの方々も増え、また初参加の方もまじえて60名近い皆様にエントリーしていただきました。年齢では小学6年生の男の子から、87歳の門徒の方まで年齢的にも幅広く、参加いただきました。資格は眞願寺の門信徒家族です。

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8時半からの開会式は合掌礼拝からはじまり、「全国各地で行われているPG大会でも、合掌礼拝からはじまる大会はまれですね。仏縁をいただき親睦を深める大会となっていただければ」と住職・髙間責任役員より挨拶、富永実行委員長、原田委員より行程説明とルール説明がありました。

そして昨年度の優勝者渡辺弘明さん佐々木孝子さんより眞願寺杯優勝カップの返還があり、記念撮影となりました。

DSCF7317そしてプレー開始。3名~4名に別れて14組が各々自己紹介、そしてラウンドに出発です。はじめのホールはギャラリーもたくさんいらっしゃったので、注目の中、ホールインワン!とねらいましたが、いきなりOBでした。皆さんのため息まじりの笑いで、今年も楽しい大会スタートです。

DSCF7352各々組ごと、笑いあり、ため息あり、入った-!と拍手あり、どの組も楽しそうに27ホールをプレーしていらっしゃいました。

DSCF7349さてさて、プレーが終わり場所を眞願寺に移動(ここもお寺の大会らしいですね)し、先ずはご本堂でお勤めです。調声は木村委員、讃仏偈を皆さん一緒にお勤めいただきました。お寺でのご法座も多いのですが、こんなラフな姿でお勤めすることもこの日だけでしょう。

それでも皆さん、大きな声でお勤めしていただきました。広間に移動してランチタイムです。もちろん食前食後の言葉は各委員さんが担当していただきました。

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DSCF7364_edited-1お待ちかねの表彰式。鈴木誠委員より、成績発表があり、拍手の中で優勝者へ眞願寺杯の授与、男性の部優勝は江川健造さん(初)、女性の部は森美子さん(3)がそれぞれハンデを持ちながらみごとに栄冠に輝きました。

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それぞれ順位・ベスグロ・飛賞・ホールインワン賞などが授与されました。そして今年の住職賞には田中稔さん、坊守賞には萩原トシ子さんがそれぞれ該当し、豪華景品が授与されました。

DSCF7407DSCF7410DSCF7436なんの賞にも該当しなかった方には「お寺にお参りしま賞」をみごとゲットされていました。みなさんおめでとうございます。

DSCF7430実行委員会の皆さんのお陰で今年も素晴らしい大会にりました。お寺のご縁を大切に、普段違う大会で一緒になっても、同じお寺という繋がりの中で、ご縁が深まることでしょう。そしてお寺の行事にも皆さんご一緒においでいただければありがたいと思います。まもなく7月ですね。今年はどんな夏になるでしょうか。皆さんご自愛下さい。

 

樺太移住殉難者墓前法要が行われました。(6月20日)

6月20日午後2時 江別市営墓地やすらぎ苑
 このご法要は、明治8年、千島樺太交換条約の締結によって、樺太に住まわれていた 108戸 841名の方々がこの対雁の地に移住を強いられました。その後この地方で1886年より1887年(明治19年より20年)にかけて、天然痘やコレラなどが大流行し、集団生活を強いられてきた方々はたちまちに伝染し、全住民の半数近くの方々が亡くなりました。国と国の領土問題が発端となり、強制的に移住せられ、慣れない土地で集団生活を強いられ、犠牲となられていったのです。きっと、悲しく、つらく、我が身にもいつ伝染するかわからない恐ろしさの中で、日々過ごされたことでしょう。
 当時、その亡くなって行かれた方々の追悼を懇願され、その対雁にあった本願寺札幌別院対江布教所(現在の眞願寺)おいでになり、その多くの犠牲になられた方々の葬儀・追悼を行ったことがご縁となり、眞願寺には現在もその犠牲者全員の過去帳が保管されています。すべての方に法名が授けられ、ご往生の年月日もきちんと記されているます。
 前住職の時代に、その過去帳があることを御遺族に申し上げ、墓前法要が毎年勤まるようになったのです。その「対雁の碑」には『乗佛本願生彼國』と刻まれ、本願寺明如上人の御染筆によるものです。本願寺としても大変な事態として、ご門主自ら筆を執られたのでしょう。
 その碑を前に、今年も御遺族の皆様をはじめ、江別市、眞願寺役員、関係諸氏市民が集い、その多くの犠牲になられた皆様に哀悼の意を表し、真の平和と平等を考えつついまなお続く多くの領土問題などを自己を見つめつつご法要をお勤めさせていただきました。特にに今年は教区(本願寺派北海道教区)の役職者皆さんも参詣されましたことはとても意義深いご縁となり、今後もこのご縁が広がればとありがたく存じます。
 そして現在も問題になっている北大をはじめ各大学にある犠牲者の遺骨返還についても、国など関係機関との話し合いが進むよう、協力していきたいと思っております。当日は午後2時の法要に引き続き遺族主催の墓前祭(樺太アイヌ式)が行われ、その後眞願寺でも懇談会が行われました。
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樺太アイヌ強制移住殉難者 墓前法要のご案内

6月20日(土) 午後2時より

江別市営墓地 やすらぎ苑

 江別市対雁14番1 (甲区)

のご法要は、明治8年、千島樺太交換条約の締結によって、樺太に住まわれていた 108戸 841名の方々がこの対雁の地に移住を強いられました。その後この地方で1886年より1887年(明治19年より20年)にかけて、天然痘やコレラなどが大流行しました。そして集団生活を強いられてきた方々は、たちまちに伝染し、全住民の半数近くのの方々が、亡くなりました。国と国の領土問題が発端となり、強制的に移住せられ、慣れない土地で集団生活を強いられ、犠牲となられていったのです。きっと、悲しく、つらく、我が身にもいつ伝染するかわからない恐ろしさの中で、日々過ごされたことでしょう。

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当時、その亡くなって行かれた方々の追悼を懇願され、その対雁にあった本願寺札幌別院対江布教所(現在の眞願寺)においでになり、その多くの犠牲になられた方々の葬儀・追悼を行ったことがご縁となり、眞願寺には現在もその犠牲者全員の過去帳が保管されています。すべての方に法名が授けられ、ご往生の年月日もきちんと記されていることです。前住職の時代に、その過去帳があることを、御遺族に申し上げ、墓前法要が毎年勤まるようになったのです。その「対雁の碑」には『乗佛本願生彼國』と刻まれ、本願寺明如上人の御染筆と刻まれています。本願寺としても大変な事態として、ご門主自ら筆を執られたのでしょう。

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その碑を前に、御遺族の皆様や関係諸氏、市民が集い、その多くの犠牲になられた皆様に哀悼の意を表し、真の平和と平等を考えつつ、いまなお続く多くの領土問題などを、自己を見つめつつ問うていく日となります。

36回目になりました年に一度のご法要、どなたでも参拝出来ますので、是非お越し下さい。当日は午後2時の法要に引き続き遺族主催の墓前祭(樺太アイヌ式)が行われます。そしてその後眞願寺でも懇談会があります。

住職講座~仏花の立て方~

DSCF7106初夏を感じさせる日になった16日、午後1時より親鸞聖人御命日法座が行われました。予想を超える60名近い方々が参詣され、用意していた椅子がたりなくなるほどでした。ありがたいことです。

DSCF7114皆さんとご一緒に大きな声で「正信偈六首引」をお勤めし、ちょうど参詣された東京明西寺坊守さんと妹になられる東京最徳寺坊守さんのお土産や、元法務員の御幸さんのお土産などで、おいしいお茶をいただきました。

DSCF7164_edited-16月と7月の16日は「住職講座」ということで今月は「仏花のいけかた」の講座がありました。先ずはご法話として親鸞聖人の御和讃『如来浄華の』をいただき、お花にまつわるお話を元に「お荘厳」についてお話しさせていただきました。皆さんメモなどを取りながら一生懸命聞いて下さいました。

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して場所を三階に移動して、実際にお花を立てる練習をしました。先ずは二つ立ててみて、皆さんに見ていただきました。それから思い思いに真になる青木やお花を取って立てていただきました。

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DSCF7155DSCF7165_edited-1参加いただいのが40名近かったので、一回りするだけでも時間がかかってしまいましたが、皆さんそれぞれ、ご佛前にお供えすることをイメージしつつ、きれいな仏花を立てていただく事ヶで来たと思います。

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まもなく7月になりますね。境内の「ミヤコワスレ」も三色それぞれきれいに咲いています。そんないい季節ですが喉の調子が悪く、先日のお葬式にはお勤めの声が、まったDSCF7098DSCF7095く出ませんでした。「不摂生」ですね。早くなおします。皆さんもどうぞご自愛下さい。

元総代 萩 原 健 様 ご往生

6月7日、元総代で顧問の萩原健氏が行年84歳のご生涯を一期とされ、往生の素懐を遂げられました。茲に謹んで合掌しお悔やみ申し上げます。

0614-1(写真は7年前開教125周年記念式典で本山褒賞を総代代表で受けられる萩原健様) 萩原健様の御祖父の弥次郎さま、御尊父であられた一郎様、そしてこの度往生された健様と三代にわたり、眞願寺総代としてご尽力いただきました。それはお念仏のみ教えが、間違いなく萩原家代々御相続いただいたお陰と、唯々感謝申し上げるばかりです。眞願寺は二度にわたる住職不在の時期や、経済的にも大変な時代がありましたが、どんな時も私事として、寺門興隆のためご尽力いただいた事です。総代として26年間、顧問として9年間、本当にお世話になりました。

DSCF6857「自分に何かあったときは、必ずお寺でしてくれ」と申されていたその言葉をいただかれ、9日10日と眞願寺ご本堂にて葬送の儀が行われました。第2会場に会館広間を準備されましたが、お通夜の時はそこも人があふれ、廊下にもたくさんの方が座布団にお座りいただいていました。

DSCF6895お通夜には500名近い方が弔問にこられたとのことです。一時にこれだけの方が来られたことは、私が住職になって21年が過ぎましたが、記憶にないことです。多くの方が悲しみのご縁ではありましたが、眞願寺に訪れて下さったのも、ひとえに萩原健様のお導きの一言だったと思います。葬儀には本願寺より弔慰状が届き、伝達させていただきました。責任役員髙間専造さんからも弔辞をいただきました。

DSCF6856『法を慶ばれ、みほとけとなられ健やかに私を照らし、法にあえよ』と導いて下さっているといただきながら、萩原家ご家族の皆様もろともにお念仏の薫る生活を、そして寺門興隆に努めていきたいと思います。

今日、初七日をお迎えしご自宅にお参りさせていただきました。御当家に伝わる廣如上人時代の御文章で聖人一流章を拝読させていただきました。称名。