月別アーカイブ: 6月 2012

感謝を込めて

私の叔父さん

 叔父は 一見怖い感じだったけど、私は大好きだった

 叔父は 青春時代に大人の道を教えてくれた

 叔父は いつも話を聞いてくれた

 叔父は いつも優しかった

 叔父は どんなことでもほめてくれた

 叔父は 大きな心でいつも受け止めてくれた

 叔父は 江戸っ子だった

 叔父は 義理堅い

 叔父は 実は涙もろい人だった

 叔父は 一生懸命お寺を守ってこられた

 叔父は 大きな声でお経をあげていらっしゃった

 叔父は いつもこよなく家族を大切にしていた

    私に大切なことをたくさん教えて下さった
    それは実の父親には出来ないことばかりでした
    叔父さんありがとうございました。又お会いできるその時まで。

                平成24年6月20日 了正

樺太アイヌ移住殉難者 墓前追悼法要



内地では梅雨入りの為雨の多い季節となりましたが、6月16日は江別でもはっきりしない曇り空の中、風の強い一日となりました。

境内には次々とお花が咲き、春から夏へと季節が急ぎ変わっていきます。紫陽花もそろそろお花の芽が出てきました。

そんな中、午後1時からの親鸞聖人ご命日法座にも、40名の皆様にご参詣いただき、親鸞聖人を偲びつつ御法座を勤めさせていただきました。



 

今回も正信偈を皆様とご一緒にお勤めし、御法話は由仁町の高橋宗英師におひもときいただきました。

 



そして、恒例行事となっています樺太移住殉難者墓前追悼法要が午後3時より江別市営対雁やすらぎ苑にて行われました。今年は16日の御法座と重なったので、午後2時より遺族主催の墓前祭(樺太アイヌ式)が行われ、引き続き3時より眞願寺による法要が行われました。

我々がお墓についた時は、ちょうどアイヌ式の儀式が行われている最中でしたので、急遽私もその儀式に参列させていただき、お供えをさせていただきました。(濁酒を捧げ、お供えします)

その後、『乗佛本願生彼国』の明如上人の七字が刻まれた「対雁の碑」の前でご法要が営まれました。

 

 



アイヌ協会・江別市それぞれからの追悼文、そして遺族代表しての追悼の言葉をいただき、有縁参詣の皆様50名以上の方々の焼香の中、ご法要をお勤めさせていただきました。



今日の日本においても存在する領土問題。特に北海道は日本領土の最北端に位置し歴史的にも多くの問題が未解決のままになっています。その中でも、現在の北方領土も長年解決できない大きな問題といえるでしょう。



120年以上の時を経ても存在する樺太移住殉難者の遺族の悲しみや思いは、世代と時は過ぎても、樺太アイヌでありながら日本人として、日本の領土で今を生きてゆかなければならない現実にあると思います。その思いに心を寄せたとき、どの時代の領土問題やそれにまつわる戦争においても、その土地に居住する住民の方々の思いを無視したものがあったのだと思います。何事もまずは歴史を認識し、そのようなことが二度とおきないようにすることこそが、真の平和への道ではないかと思います。私達は、宗教・政治・思想はそれぞれありますが、まずは私自身が、どんな場合でもお互いを重んじ、お互いを認めあっててゆくことが大切であり、その積み重ねが平和への架け橋となってゆくと思います。

 

境内も春から夏へ 16日は樺太移住殉難者墓前追悼法要



水無月(6月)に入り、北海道も春から夏へと季節が移り変わって来ました。境内では、イチョウやカエデ、ナナカマド、オンコなどの新緑が美しく、花々も春の花から夏の花へと順々に咲き、楽しませてくれています。そんな境内の花々を写真でご紹介します。是非見においで下さい。



 

 

 

 



 

 

 



 

 

 



 

 

 

婦人会で植えていただいた御本堂正面の鉢の花々も、きれいに育っています。親鸞様の石像もお花と新緑に囲まれて、美しいです。

総合玄関より中庭(一處廟)をながめると、昨年植えたツツジがきれいに咲き、奥の松も新緑がいいですね。



小中学校の運動会シーズンも終わり、札幌のよさこい祭りも終わったようですね。これからはハイキングにお散歩など、外に出て深呼吸するのもいいかもしれませんね。

ご案内  6月16日(土) 午後1時 眞願寺

親鸞聖人ご命日法座  おつとめと御法話

親鸞聖人のご命日(16日)に親鸞様を偲び、皆さんと一緒にお勤めさせていただき、御法話を聴聞いたします。今回は由仁町高橋宗英師に御法話いただきます。

 6月16日(土) 午後3時 江別市営墓地(江別市対雁)

樺太移住殉難者墓前追悼法要(住職出向導師)

このご法要は、明治8年、千島樺太交換条約の締結によって、樺太に住まわれていた 108戸 841名の方々がこの対雁の地に移住を強いられました。その後この地方で1886年より1887年(明治19年より20年)にかけて、天然痘やコレラなどが大流行しました。そして集団生活を強いられてきた方々は、たちまちに伝染し、全住民の半数近くのの方々が、亡くなりました。国と国の領土問題が発端となり、強制的に移住せられ、慣れない土地で集団生活を強いられ、犠牲となられていったのです。きっと、悲しく、つらく、我が身にもいつ伝染するかわからない恐ろしさの中で、日々過ごされたことでしょう。



当時、その亡くなって行かれた方々の追悼を懇願され、その対雁にあった本願寺札幌別院対江布教所(現在の眞願寺)においでになり、その多くの犠牲になられた方々の葬儀・追悼を行ったことがご縁となり、眞願寺には現在もその犠牲者全員の過去帳が保管されています。すべての方に法名が授けられ、ご往生の年月日もきちんと記されていることです。前住職の時代に、その過去帳があることを、御遺族に申し上げ、墓前法要が毎年勤まるようになったのです。その「対雁の碑」には『乗佛本願生彼國』と刻まれ、本願寺明如上人の御染筆と刻まれています。本願寺としても大変な事態として、ご門主自ら筆を執られたのでしょう。その碑を前に、御遺族の皆様や関係諸氏、市民が集い、その多くの犠牲になられた皆様に哀悼の意を表し、真の平和と平等を考えつつ、いまなお続く多くの領土問題などを、問うていく日となります。

年に一度のご法要、どなたでも参拝出来ますので、是非お越し下さい。当日は午後2時より遺族主催の墓前祭(樺太アイヌ式)が行われ、引き続き3時より眞願寺による法要が行われます。