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樺太殉難者墓前法要(6月18日対雁墓地)

6月18日(土)午後2時より、江別市営墓地やすらぎ苑(対雁墓地)において、樺太殉難者墓前法要が法要実行委員会の主催により、当寺住職導師を勤め、行われました。

このご法要は、明治8年、千島樺太交換条約の締結によって、樺太に住まわれていた 108戸 841名の方々がこの対雁の地に移住を強いられました。その後この地方で1886年より1887年(明治19年より20年)にかけて、天然痘やコレラなどが大流行しました。そして集団生活を強いられてきた方々は、たちまちに伝染し、全住民の半数近くのの方々が、亡くなりました。

国と国の領土問題が発端となり、強制的に移住せられ、慣れない土地で集団生活を強いられ、犠牲となられていったのです。きっと、悲しく、つらく、我が身にもいつ伝染するかわからない恐ろしさの中で、日々過ごされたことでしょう。

当時、その亡くなって行かれた方々の追悼を懇願され、その対雁にあった本願寺札幌別院対江布教所(現在の眞願寺)においでになり、その多くの犠牲になられた方々の葬儀・追悼を行ったことがご縁となり、眞願寺には現在もその犠牲者全員の過去帳が保管されています。すべての方に法名が授けられ、ご往生の年月日もきちんと記されていることです。

前住職の時代に、その過去帳があることを、御遺族に申し上げ、墓前法要が毎年勤まるようになったのです。その「対雁の碑」には『乗佛本願生彼國』と刻まれ、本願寺明如上人の御染筆と刻まれています。本願寺としても大変な事態として、ご門主自ら筆を執られたのでしょう。その碑を前に、御遺族の皆様や関係諸氏、市民が集い、その多くの犠牲になられた皆様に哀悼の意を表し、真の平和と平等を考えつつ、いまなお続く多くの領土問題などを、問うていく日となりました。「同じ事を繰り返さないためにも。」

国や政治、宗教、民族の壁を越え、人間としてお互いにいのちを認め合っていく世界が必要だと思います。平等とはお互いに違いを認め合うことから始まるのではないかと思います。「世のなか安穏なれ」との願いを、深く思うご法要でした。

毎年の事ですが、ご法要の後は、御遺族皆様お寺に集い、必ずお前住職の仏壇に参られ、御焼香されて、報謝の意を表し、お帰りになられました。

大遠忌 お念佛ご勝縁の旅 ③ (6月11日・12日)

6月11日(土)、長良川を上流に進み、あちらこちらで鮎釣りしている姿をながめつつ、北上し、白川郷に11時頃到着。

見晴台より眺める集落は、自分が100年前に戻ったような気になる。しかし壮観だ。すばらしい。

ガイドさんにこの集落にお寺はないのかたずねると、浄土真宗のお寺があるということで、拝観も出来るらしい。こんなご縁もあることかと、すぐに電話し、参拝させていただきたくお話すると、ご住職が快諾。バスで近くの駐車場まで行き。桟橋を渡り水連の美しさとかえるの合唱の田舎道を進む。

時代劇に出てきそうな、かやぶき屋根の山門が正面に見えてくる。真宗大谷派の明善寺さんだ。山門の屋根裏には鐘楼もある。その横の桜が満開になれば、きっとすばらしいだろう。

その奥にはご本堂、ふき直したばかりのきれいな茅葺きがまぶしく見える。その左手には庫裏があり、一般の観光者も拝観できるようだ。

我々も、先ずは庫裏を拝観。農作業用の古い器具が展示され、3階まで上がり窓から見るお隣の三角屋根が見事な絵になる。

この庫裏は現在も寺族がお住まいになられ、200年以上この場に建っているそうだ。(重要文化財)

ご本堂に入り、ご住職よりお話をいただく。田畑を耕しながら、寺院活動をなさってこられたご苦労や、ご本堂の茅をふき直し、御内陣の修復されたご苦労など、聞かさせていただいた。思いがけないご縁の参拝となった。大遠忌法要のケハを一枚ご住職にプレゼントする。同じ集落の茅葺き屋根の民家食堂で、昼食をすませ、飛騨古川に向かう。

毎年1月15日の親鸞聖人報恩講大逮夜の晩に、この地方にある本願寺派の三ヶ寺では夜通し法会が行われている。御同行はその三ヶ寺を御聴聞しつつ回る風習があり、その道筋には古川の伝統工芸でもある和蝋燭をつけ、足もとを照らすそうだ。これを「三寺まいり」といわれている。

その中の真宗寺様にご縁をいただき、参拝させていただいた。ご住職とわんこちゃんがお出迎えいただき、大きなご本堂に入る。ご一緒に「讃佛偈」をとなえ、ご住職よりその「三寺まいり」のお話をいただく。

歴史ある大きな伽藍の真宗寺様、ご住職一人で切り盛りしているのも大変なことだ。早く・・・が見つかればと、余計なお節介が芽生える。

真宗寺様を後にして高山の町中に入り、屋台会館を見学、お宿は高山グリーンランド。温泉で汗ながし、今宵もお念佛の旅をふり返り、旅行最後の晩もあっという間に時が過ぎゆく。

 

6月12日(日)、ホテルより5分の場所にある「高山陣屋」を先ずは見学する。江戸時代の御役所である。お代官様のお裁きが行われていたであろう屋敷がそのまま残されている。「吟味所」などには取り調べられていたであろう様子がうかがえる。

その「高山陣屋」の門前には、地元のおばさん方が持ち寄り、朝市が行われていた。高山のお漬け物や、野菜、お花、そして山菜など、出店のテントが並ぶ。

そのそばで売られているみたらし団子は美味だった。(ガイドさんおすすめ)

高山を後にして南下し一路名古屋へ。最後の見学地名古屋城に到着。金のシャチホコがお出迎え。と思いきや

 

出迎えてくれたのは「武将隊」と「はち丸くん」。イケメン武将隊の皆様は女の子に囲まれて撮影会。はち丸君は少々さびしそう。しかし、天守閣からの眺めはよかったですね。殿様気分で名古屋一望。

名古屋城を後にして、高速道路を南下、中部国際空港でバスを下車。4日間お世話になりました。三重交通さん。何とガイドさん。「実は私風連町の出身です。ドサンコなんです」と、最後に一言。どうりで身近な感じがするガイドさんでした。

きれいな飛行場で最後のお土産を買い占めて、千歳行に便乗。多少のゆれはありましたが無事北海道に着陸。眞願寺には午後7時20分到着。坊守と娘、法務員の竹澤氏、小林氏のお出迎えでした。

ご本堂で到着の報告、「皆さんお家に着いたら、先ずはお仏壇に大遠忌のご報告を申し上げ、お念佛いたしましょう。」と。

四日間の旅行は、大遠忌参拝と多くのご勝縁をいただく、お念佛三昧の旅とありがたく手を合わせる。

旅行中、ご本山はじめ、各寺院、各地でお世話になった多くの皆様、そしてこの旅行に参加いただいた門信徒の皆様にこころより感謝申し上げます。そしてJTB北海道の大川さん。なにかとお世話になり、ありがとうございました。次の団体参拝は今年の10月です。皆様お楽しみに。

 

大遠忌 お念佛ご勝縁の旅 ② (6月10日)

6月10日、午前8時にホテルを出発、ご本山には8時15分御影堂門近くに到着。ご本山のスタッフ皆様でお出迎えいただく。先ずは御影堂門で一礼し境内へ。

早くも全国各地より団参の方々が集まられ、境内はにぎわいを見せる中、阿弥陀堂門そばで、御影堂を背に記念写真。その後阿弥陀堂に参拝。阿弥陀堂もきれいにお荘厳され、間近で御本尊を拝見し、手を合わせお念佛。

そこより両堂の渡り廊下を通り、大きな太鼓をすぎ、いよいよ御影堂に。

たくさんのイスが並び、早くも多くの方々が入堂。残念ながら我々は「Iブロック」なので一番南側なので、全くご法要は見えない位置。正面を過ぎるときに、ちらっと御真影様を仰ぐ。頭を下げる間もなく、自席へと移動。やはり。

しかし、御影堂内は全く見えないが、大きなスクリーンが目の前にあり、そのスクリーンを見つめつつ、参拝となる。

いよいよ大太鼓の音とともに、庭儀が始まる。阿弥陀堂に集った僧俗が列を成し、雅楽の演奏(道楽)の中御影堂へと進む。

その後結衆が阿弥陀堂に集い、ご門主様、新門さまがお見えになられ、ご門主様御焼香とご一緒に合掌礼拝され、後堂より御影堂に向かう。私も結衆として出勤させていただき、ご門主様・新門さまの後に御影堂へ。

行事鐘と同時に雅楽の曲が変わり(調子)結衆の出勤、出内陣の一番外側を通り内陣正面をまわり自席へ。ご門主様御焼香とご一緒に合掌礼拝。私の自席は親鸞聖人御真影の真南(真横)で、その厳しくもあり優しくもある横顔を拝し、感無量の中で礼拝。

新門さま御導師の作法で、同時総礼し、新門さまの表白を拝聴し法要が始まる。途中より立ち上がり行道が始まる。前の人との間を開けて散華しつつ左右左右と進む。正面の御真影様御前にて向き直り散華一礼。緊張の一瞬。

自席に戻りご法要も終盤。余間に移動し、新門さま、ご門主様の「お言葉」を拝聴し、大震災で被災した多くの皆様へのお言葉、そして宗派として何をなすべきか、世の中安穏なれと言われた宗祖の大遠忌にあたって、問われている課題は大きいと、聞かさせていただく。そしてただただお念佛。最後の恩読讃は感動的。

ご法要終わり「帰敬式」。眞願寺からは13名の門信徒が受式。大遠忌をご縁に尊い帰敬文を誓われ、おかみそりをいただき法名拝受。尊いご縁。650回忌の100年前にも眞願寺の御門徒が帰敬式受式された記録が先日見つかった。

帰敬式受式以外の皆さんは、国宝白書院の拝観や、ご縁マチの散策。ご一緒に北境内地で昼食をすませ、ご本山を後にする。

一路岐阜を目指し、高速道路を東に進む。渋滞もあり、多少の遅れもありつつ岐阜市の淨慶寺さんに到着。(淨慶寺HPリンク)ご住職はじめ皆様のお出迎えをいただき、参拝させていただく。岐阜は中山道に面し、由緒あるお寺で、文明18年(1486)5月本願寺第8代蓮如上人に深く帰依した、直弟子の正專坊の開基という

淨慶寺坊守とは従兄弟になる親戚寺院。短い時間ではあったが尊い御勝縁をいただく。

淨慶寺さまよりバスで20分、今夜のお宿は長良川温泉岐阜グランドホテル。早々夕食をすませ、長良川で夕涼みしつつ、しばし鵜飼いを楽しむ。ホテルに帰り夜が更けるまで、大遠忌法要のご縁を語り膝を交える。


大遠忌 お念佛ご勝縁の旅 ① (6月9日)

朝6時に参加者皆さんおそろいになり、ご本堂で合掌~出発式。眞願寺の団体参拝旅行は、必ずご本堂に始まりご本堂で終わる。ここがまたありがたいご縁となる。

バスで千歳空港に向かい、神戸にひとっ飛び。そこからバスで12時半に京都桂にある本願寺西山別院に到着。

なつかしい境内に一礼して脚を踏み入れる。ご本堂で御門徒の皆様と「讃佛偈」すばらしくご修復された御内陣を仰ぎつつ、感無量の中でお念佛。

 



 

御輪番のお話しを頂き、4年間過ごし学ばさせていただいた日々を思い起こす。隣の幼稚園からは子供の声が聞こえてくる。これぞ西山。知っている先生はおられるだろうか。

覚如上人の御廟に参拝。うっそうとした木々に囲まれ、お墓とご門主様御焼香いただく四脚の焼香所。そこで御焼香させていただく。きれいに清掃し、焼香卓などご用意いただいた別院職員皆様のお志がありがたく、お香の香りが目にしみる。

御廟の帰り道幼稚園を覗くと、なつかしいたたずまい。そして先生ともなつかしい再会。「お元気でしたか?」。

お昼を御輪番と職員の皆様、旧友の習礼所参事さん、そして別院の井澤総代にもお越しいただき、深い深いご縁の昼食。

西山別院を後に西大谷へ移動。五條坂で職員の出迎え。しかし階段は皆さんに難行、エレベータは見当たらない。

受付ではなつかしい藤井部長が出迎えて下さり、皆さんとご挨拶。眞願寺125周年の法要には、北海道教務所長として、お祝いいただき、ご祝辞をいただいた。御懇志納めて、3名の方の分骨の手続き。

住職が3名のお骨を手に礼拝堂に向かう。お骨を尊前にご安置し、皆さんで「讃佛偈」。皆さん御焼香され、明著堂へ向かう。

親鸞さまの御廟。今回は特別に明著堂にあがらさせていただき、御焼香。ありがいたいご縁。六角堂の御影がよく見える。「親鸞さま、お陰様で、参拝させていただきました。」

第2無量寿堂7階に移動し、納骨式。眞願寺の納骨檀には前住職はじめ当寺の多くのご門徒が分骨されている。それぞれの皆様に納めていただき、「重誓偈」

ここで読経すると必ず声がつまり、目頭が熱くなる。ご往生された多くの御門徒の皆様が、親鸞聖人とご一緒に、「歓迎」していただいているようで、「よおきた、よおきた。お念佛いただけよ」と。

古い第1無量寿堂にも参拝。うちの両親はここにおいでになる。と、ご一緒に「重誓偈」。

本廟を後にし、一路ホテルにチェックインし、歩いて食事会場に。

今宵は朝も早くおつかれの皆様と、京都に来れたよろこびを語りつつ、京料理と美舞に日が暮れゆく。明日はいよいよご法要。

 

巣立ちの瞬間~残念な結果に。

6月7日、お寺でご門徒の葬儀があり、朝境内にゴミでも落ちていないかと、見て回ると、何気なく鐘楼堂横付近で、スズメの鳴き声が響いていました。近くの楓の木に取り付けてある小鳥の巣には、スズメが子育てをしているのは知っていましたので、注意深くその巣を見上げると、巣立ちしようとしているスズメの子供が、ハネをばたつかせているのに、巣からでられないで、じたばたしていました。

どうしたんだ!?早く飛び出せばいいのに!と近くで親鳥が心配そうに近くをとんできては、鳴いていました。そのそばには巣立ちしたばかりのひな鳥が、まだおぼつかない様子ではありましたが、元気に親鳥のそばにいました。よくよくその巣立ちできずにいるひな鳥を見てみると、どうも片足になにかがからんでいるか、引っかかってぬけないようです。これでは、飛び立てません。何遍も外に出てはハネをばたつかせたり、又巣の中に戻り、そこに親鳥が心配そうにのぞきに来たり・・・。

「なんとかしてやりたい」と思いつつ、葬儀の時間。葬儀が終わればすぐにご法事に行かなければ。。帰ってくるまで無事でいてくれればと思いつつ。

昼前にお寺に帰り早速きがえ、マスク・軍手をつけて救助に行きました。はしごをかけると、おどろいたか、ひな鳥が又出てきてハネをバタバタ・・・!「今助けてやるから、静かにしてろ!」と声をかけつつ、はしごを登りひな鳥を押さえると、やはり片足が何かに巻き付き、ぬけない状態。仕方なく、巣箱下の扉を開き、親鳥が運んだ小枝などを全部出すと、ひな鳥もいっしょに出てきました。「あ~、よかった(^o^)」

そうおもいつつ、そのままハシゴを下りて絡みついている脚を見てみると、ビニールのほそいひもでした。やはり人工的なものが原因のようです。柔らかく巣作りの材料にはよく使われているのを見ますね。はさみとカッターでなんとかそのビニールを取り、少し様子を見てから離してやろうと思った瞬間、ばたついて私の手から離れていきました。

鐘楼堂の近辺を逃げ惑うひな鳥。なんとか捕まえてきちんと見てやらないとと思いつつ捕まえようとしたが、なかなか、、、。やっと鐘楼堂の基礎にしがみついて、チャンス!と手をさしのべた瞬間!道路の側に飛び立って行きました。意外ときちんと(といってもなんとか飛んでいったような)飛んだので、これだったら大丈夫かな。

と思った時、一緒にいた廣兼氏が、

あ!カラスだ!!!捕まる!と叫んだ。上方より急降下し、あっという間にひな鳥を口にくわえ、学校側の倉庫の上に着地。あああ~~っ!!。

一瞬の出来事で、ただ呆然。カラスはまわりを確認し、ひな鳥を・・・。

もう少し、きちんとひな鳥を押さえていればよかったのに。救出している状況を、銀杏の木の上からカラスが見ていたらしい。飛び立った瞬間のチャンスを逃さなかったカラス。弱肉強食の世界。自然の営み。わかってはいるけど、何とも言えないむなしい一時でした。