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あふれるお念佛

コップにつがれた水が、いっぱいになってあふれ出る様に、私のからだ隅々まで阿弥陀様のお心は、お念佛「南無阿弥陀佛」となっていつでもどこでもいっぱいに届いてくださっています。そして私の口からあふれ出てくださいます。それが「称名念佛(しょうみょうねんぶつ)」です。自分の力や意志で称えている様にも思えますが、阿弥陀様のお心が「いつでもいっしょだよ。あなたをはなさないよ。」と届いていなければ、称えようとも思わないでしょう。

「おかあさん」と母をよべるのは、母の慈愛に満ちた心が、私に届いているからでしょう。私が「この人が母なんだ」と気づく前から、幼い頃べそをかきながら「おかあさ~ん」とよぶ前から、母のおなかにいのちが芽生えた時から、私を思い続けてくださっています。

亡くなられた方のお名前が口から出てくるのも、み佛となられてからも私を思い続けてくださっているからでしょう。そんな時に静かにお仏壇の前で手を合わせると、「あなたにもお念佛がとどいていて下さるよ。気づかさせていただきなさいよ。ほら、あなたのその口からお念佛があふれて・・。ありがたいね。」ご往生された方の声が、心に響いてきます。

平成18年3月

眞願寺衆徒鈴木彰氏の歌集『犬と行く山』

※画像(平成18年2月8日・北海道新聞より転載)をクリックすると大きく表示します。
画像をクリックすると大きく表示します。(平成18年2月8日・北海道新聞転載)

眞願寺衆徒鈴木彰氏の歌集『犬と行く山』の発刊が、2月8日付け北海道新聞地方版に紹介されていた。教職にあった頃は、山岳部の顧問として高校生らと共に山に登り、職を退きて後は、マイカーで寝泊まりしながら、柴犬『未来』と、道内外の山を楽しんだという。

また、六十路の半ば中央佛教学院在籍の頃、配偶者に先立たれ、深いご縁のなか住職に導かれ、眞願寺衆徒となられた。ご門徒の皆様にも助けられて、報恩感謝の日々をおくり現在にいたっている。

歌集には犬と登った山の歌が多くを占めているが、僧侶としての身辺を詠んだ歌もあり、そんな歌の幾つかを、あわせて抄出してみたい。

鐘楼に立ちゐて瞬時よぎるもの我が葬送の鐘撞くは誰
自らに生死出づべき道を問ひ葬場に読む白骨の章
農繁期の黙契といふ盆詣り留守の佛間に経を詠みゆく
切箸に朱蝋の灯心落しゆき火壺に消ゆるを音に確かむ
わが死なば人らは言ふか犬連れし老いと合はぬが久しくなりぬと
雪片のときに入り陽に輝る見つつ緩斜面の径身を屈め行く
引き綱を胴に結はへて犬と行くかんじき着けて新雪の道を
怯む犬ときには抱へ徒渡り雨の斜里岳下りたりしよ
北の空に白鳥の群れ消えゆけり家族のあまたありし日遠く
横たはる犬の記憶にありたるや共に登りし夏の利尻の
横たはる犬と並びて部屋隅に周平を読みてひと日暮れたり
老い犬は入るべき家の門さへも通り過ぎゆく声かけざれば

※画像をクリックすると大きく表示します。(平成18年2月8日・北海道新聞より転載)

坊守から・平成18年3月

 暖かな日差しが感じられる日が多くなってきました。春が待ち遠しいですね。今回のひとりごとは少々愚痴になるかもしれません。ごめんなさい。

主婦のみなさんいつもご苦労様!!主婦は昼間のんびり昼寝して・・・と思ってる方いませんか?怒られますよ!朝、目が覚めた時から寝る時まで大忙しの毎日です。食事の支度、かたずけ、お掃除、洗濯、買い物、子供達のもろもろ、お寺のこと、etc・・・。

子供達が寝静まってホッとする頃にはもう夜遅くという毎日ですよね。(人それぞれですが)「あー寝たら又忙しい朝か・・・」と思っても寝ないわけにはいきません。そんな私にいつも「今日もおかげさまで朝目覚めることができました。生かされて、忙しく働ける喜びに感謝しなければならないのですよ。」と聞こえてきます。

そうとわかってはいますが、自分の思い通りにいかないで不満ばかり前にでてくる毎日です。皆さんはいかがでしょうか。