月別アーカイブ: 3月 2005

信心と不信心

よく、お寺参りをさそうと、「不信心だから、どうも…」という理由で行けないという理由にする人が多い。では、「不信心」とはどんな意味だろう。広辞林には『神仏を信ずる心のないこと』とある。言い換えれば私が信ずる心を持っているかどうか、持っていなければ「不信心」となるのだろう。

眞願寺境内の親鸞聖人石像  眞願寺境内の親鸞聖人石像

浄土真宗の「信心」を親鸞聖人は「真実信心」とおおせられた。その意は私の信心ではなく、如来様よりいただく信心である。ゆえにそこには私の「信」や「不信」を問題にしているのではなく、私の思いではなく阿弥陀如来のお心そのものを「信心」とし、「必ずあなたから離れぬぞ。どんなことがあろうと、見捨てぬぞ。必ず佛にするぞ」という如来の変わることのない私へのお心をいう。変わることがないからこそ「真実の信心」と言えるのだろう。

「信心」とは自分でするのではなく、いただくものなのだろう。自分で信心しなければ…と思えば大変な修行が必要になってくるだろうが、そのままをいただくのであるから、難しい問題はなにもない。如来の真実信心に「ああそうですか。ありがとうございます」と、すべてをおまかせし、如来様とともに生かさせていただくのである。

耳を澄まして効いてみよう。阿弥陀如来が私をずっと喚んで下さっているそのお声が、きっと響いてくるだろう。

ナモアミダブツ  なもあみだぶつ  南無阿弥陀佛

平成17年3月

『おかみそり』を受けて~美原 清水一秀

おかみそりを受ける清水氏昨年の10月、本願寺札幌別院で行われることを聞き、父と2人で申し込み、眞願寺からは土蔵さんと3人が受式しました。札幌別院には私どもの他に50名の方々が受式され、共に本山より出向された御導師の近松師より「おかみそり」をいただきました。恥ずかしい話ですが、私は「おかみそり」というものがどういうものなのか、受式の時まであまり解っていませんでした。しかし、受式の中で御導師のお話を聞き、その意味深さ、尊さを知り、「おかみそり」を受けるに対し、胸が熱くなる思いでした。受式した皆さんを代表して私が法名を頂戴させていただきました。私は『釋実相』父は『釋実修』という法名を受けました。

眞願寺からは清水勇さん親子と3人でした。10月14日札幌別院本堂に集まった50名の方々と共に、本山から出向された近松師より、「おかみそり」をいただき“釋威曜”という法名を受けました。

帰敬式を受式させてもらえる機会を与えて下さった眞願寺の住職であります石堂了正師には、父も含め心より感謝しています。これからも浄土真宗の門徒としての自覚を持ち、益々努力精進してまいりたいと思います。

合掌

『おかみそり』を受けて~上江別南町 土蔵幸雄

おかみそり記念写真昨年3月眞願寺において、特別帰敬式が行われ、9名の眞願寺門徒の方々が受式されました。私もと申し込んだのですが条件が合わず、諦めておりましたが、10月に札幌別院で帰敬式が行われると聞き、さっそく申し込みました。

改めて浄土真宗の門徒としての自覚を深めたことでした。この上は益々聞法にいそしみ真宗念佛者の本分をつくし、また微力ながら護持発展のためつとめたいと思います。

-注- 威曜(佛説無量寿経 上巻)より
原文
  功祚成満足威曜朗十方
書き下し文
  功祚成満足(くそじょうまんぞく)して威曜十方(いようじっぽう)に朗(ほが)らかならん

子が生まれたらお寺へ参拝しよう(初参式)

初参式赤ちゃんの誕生は、両親や家族にとって何ものにも代えがたい慶びの一つでしょう。人としてこの世に生を受けることは極めて得難いことであり、不思議としか言いようがありません。

このかけがえのない『いのち』がすくすくと育ってくれるように、また人間に生まれた慶びをかみしめつつ人生を力強く歩んでくれるようにと、親なら誰もが願うところです。

そうした我が子の人生の出発に当たって、けっして崩れることのない依り所となり、支えとなって下さる如来様に参拝する式を「初参式(しょさんしき)」といいます。

初参式は、子にとっての人生の始まりの佛縁ですが、同時に親にとっても、親として生きる出発点であり、子によって与えられた尊い佛縁です。

初参式で記念撮影世間では、子が生まれて1ヶ月ほどたつと『お宮参り』といって神社へお参りする人が多いようですが、残念ながらお寺へお参りする人は限られているのが現状です。日頃「私は門徒です」と言っている方でも、なかなかお寺に参って来て下さいません。これはどうしたことなのでしょうか。「死に関わる悲しみごとがお寺で、お祝い事はお宮さん」という意識が、人びとのこころ奥深くまで浸透している現実に改めて驚かされます。結局、ご門徒一人一人が聞法に励み、如来様の深いお慈悲の心に触れることによって自らの人生に目覚めて頂く以外にはないのでしょう。

ともあれ、『死』が大きな佛縁となるのと同様に『生』もまた尊い大きな佛縁となるのです。どうか初参式を人生にとっての大切な儀式だと心得て頂きますように。

尚、眞願寺の初参式は毎年4月の親鸞聖人のお誕生をお祝いする「宗祖降誕会」の日に行っております。満1歳ぐらいまでのお子さんを対象に、毎年募集しています。記念品とお斎(食事)をさしあげております。是非ご家族皆様で、お祝いの儀式においで下さい。

満ちる恩

柴田隆幸さん(札幌市乗善寺門徒)の『満ちる恩』が、本願寺出版社より刊行されました。著者のお名前をご記憶の方もいらっしゃると思いますが、平成14年度15年度と、法語カレンダーにイラストと法語を手がけられた方であります。思い出していただけましたか。

隆幸さんは、生まれつき脳性麻痺の不自由な身体ではありますが、御法義の篤い御両親に育てられ、2歳半の頃から聞法の縁を持ち、それから今日まで、寺院法座にはほとんど欠かすことなく聴聞を続けておられるということです。

左手に筆を持ち、仕事に打ち込む隆幸さんの写真が、カレンダーの最終ページに載っておりますが、すべての作品は、浄土真宗の信心のよろこびに支えられた作風であります。

イラスト画は、豊かな色彩の草花などの自然、そして親鸞聖人や三蔵法師の事跡などなど、ページをめくりゆくほどに、心うたれ、語りかけてくる無言の言葉に圧倒されます。

次に法語のいくつかを紹介いたしますが、隆幸さんは小学生の頃から、短歌や俳句などの短詩型に親しんでこられたと申します。そして、長い間のご聴聞の中から生まれた法語には、汲みつくしてもやまぬ深い味わいがあり、繰り返し読まされてしまいます。

★仕事する手にも足にも佛ありし
★ありがたき闇のまんまが明るくて
★欲も出る怒りも出ずるこの口にようこそようこそナンマンダ
★咲くも良し散るも良しとてみ手の中

音数律の基本であるという5音・7音も調和的で、温かく、やさしく、韻律感をしっかりと捉えていて、さすがだと思います。
なお、中陰カレンダー『七日七日のおつとめ』(札幌正信会発行)にも、隆幸さんの法語とイラストが使われております。