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愛別離苦(あいべつりく)

佛教の教えに[四苦八苦]という言葉がある。私が生きていく中で必ず出会う苦しみを、お釈迦様がおときくださった言葉である。その中で愛別離苦(どれほど愛する者であろうとも、離れ別れなくてはならない)を死別という悲しみを通し、味わうことは死んでいく者も看取る者も、できれば避けたいことであるが、なかなかそうはいかない。

そんな私に阿弥陀様は、また会うことのできる世界をご用意してくださった。そこが[西方浄土]であり、そこには死んでいくのではなく、往き生まれさせていただき、先に往かれている方々との再開が約束されている。

誰しも死に急ぎたい者はいないが、お互いにやがて来る別れも、どちらが先になろうとも、お念仏をいただき、またお浄土で再開できると味わえばただの別れではなくなる。また会えることのできる別れを、お互いにお念仏を通し語りあえれば、これほどすばらしいことはないのではなかいか。赤く染まった西の空から、心にそう響いてくる。

平成13年9月 寺報「響」
≪写真は原利文氏撮影 12号線江別新橋≫

浄土真宗のお墓の建て方は?

建立する前に

ふだんお寺に顔を見せたことのない方から突然「お墓を建てたので、お性根を入れてください」と電話で依頼されました。さっそく墓地へ出かけて行くと、これがやたらと凝っていて、中心となる石碑の横には石塔が立ち、手前横には観音像、その隣の法名を記した石板には「霊標」と刻まれ、おまけに石碑の向きが入口から見て真横になっています。「よくもまあ、これだけこだわった墓を造ったものだ」とあきれると同時に、なんだか心寂しくなってしまいました。
そこで、真宗門徒がお墓を建てる時の注意点をいくつか述べてみましょう。

1、建てようと思ったら、まずお寺に相談すること。
み教えにそぐわないお墓や、よけいなものを造っては台なしです。それに、信頼のできる石材店を紹介してもらえます。
2、墓相に迷わされずに。
お墓の向きによって幸不幸が生じるわけではありません。また場所も同じです。向きや場所にこだわると、先の例のように石碑の側面を拝する位置になったりしかねず、いかにも不自然です。
3、墓石の形もこだわらずに。
形によって善し悪しがあるわけではありません。石碑の上面を三角形にしたり、屋根や宝珠をつける必要もありません。
4、石碑(石軸)の正面に「南無阿弥陀仏」のお名号を刻みましょう。
ご先祖を偲ぶ上でも、人生無常の理をかみしめる上でも、つねに私の拠り所となり、礼拝の対象となるのは阿弥陀如来だからです。この場合、家名は台石に刻めばよいでしょう。またお名号以外の場合は、携帯用のご本尊を安置し、お参りください。
5、観音像・地蔵像・宝塔などは建てない。
帰依する仏様は阿弥陀如来一仏だからです。
6、「吉日」の文字は刻まない
日の吉凶や建てる時期にこだわりません。
7、「霊標」とせず「法名碑」とする。
法名を記する石板は「霊標」とは言わない。

このほか「お性根を入れる」のではなく、「建碑式(法要)」と言います。

大河の一滴

大河の一滴五木寛之著「大河の一滴」が映画化されました。
この著書がどのようなプロットで展開されてゆくのか、興味は津々ですが、シネマ情報では次のように紹介されております。

生と死を問う感動の大作。ヒロイン雪子の余命幾ばくもない父親との心の絆を軸にしたヒューマンドラマ。五木寛之のベストセラー・エッセイを映画化した…

また瀬戸内寂聴氏は、次のようにのべて、この著書を推薦しております。

…深い愛と真実の本音を、心の涙をインクにして書き示していることにある。心身の傷ついた人が、どれだけこの一冊で癒されることだろうか

どうぞ作品を読んでから、映画を御覧になってはいかがでしょうか。