
この本の副題には「ヒトノイッショウハ汽笛トトモニアル」とあります。大澤榮氏の詩集ですが、この詩集の実に3分の1を占める50頁余が、「詩束対雁茫々(ついしかりぼうぼう) 」として、樺太アイヌ強制移住にかかわる詩と散文が載せられております。「…ダイナミックな律動を口にしながら、北の大地を彷徨(さまよ)い、深い闇の記憶を汲み上げている」大澤氏は、現在恵庭市漁川の袂(たもと)に住み、北海道文教大学で精神看護学領域の教授として活躍されている方です。
平易な言葉で物語性のある詩は、難解な現代詩を読むのとは異なり、すぐに引き込まれてしまいます。「人生の踏切(ふみきり)」に聞く汽笛と共に、強烈に惹きつける人名と固有名詞に突き当ります。アウシュヴィッツ博物館、萱野茂と二風谷アイヌ資料館、小樽文学館と小林多喜二、べてるの家、小熊秀雄と長々忌(じゃんじゃんき)、そして対雁の碑へと続くのです。
江別駅から眞願寺まで歩いて辿る空は
箒で掃いたような彼岸の香を匂わせていた
伺った石堂了正和尚の講話では
札幌の地で見つかった
眞願寺落成を写した当時の写真の紹介と
そこに参集している
樺太アイヌの人びとの息遣いが
動かし難い移住の足あととして呼吸をして
いるものであった
そこから碑(イシブミ)に向かうわたしは
和尚から手書きの地図をいただいて
寺から真っ直ぐに磁石を取って歩いた
その道すがら信号の表示プレートには
「対雁(ツイシカリ)」と刻されていて
その信号を渡った直後から
以下略




柴田隆幸さん(札幌市乗善寺門徒)の『満ちる恩』が、本願寺出版社より刊行されました。著者のお名前をご記憶の方もいらっしゃると思いますが、平成14年度15年度と、法語カレンダーにイラストと法語を手がけられた方であります。思い出していただけましたか。
イラスト画は、豊かな色彩の草花などの自然、そして親鸞聖人や三蔵法師の事跡などなど、ページをめくりゆくほどに、心うたれ、語りかけてくる無言の言葉に圧倒されます。
私たち道民は、アイヌの人々を除いては、すべて本州からの移住者と、その子孫であります。移住の姿は、さまざまな形ではありますが、決して安楽なものではなかったことだけは確かな事実であります。苦痛と悲嘆のなかで、切実に人々が求めたものは、快楽などではなく、神佛ではなかっただろうかと思うのであります。
今回は新刊書の中から「
…… <春が来た、春が来た、どこに来た…> という童謡があります。春そのものは目に見える物ではありません。水が温み、日差しが明るくなり、桜のつぼみが脹らんで、窓からはいる風が暖かく感じられる…春とは、そうしたはたらきを私たちが感じとって、そこに <来た> ことを知るものです。人によって春を感じる場面や瞬間は、さまざまです、けれども、春の訪れを感じないという人はいません。春という存在は、誰にでも確実にわかるものです。仏様も同じです。仏さまもまた、姿かたちでその存在がわかるものではありません、私たちが仏教の勉強をしたり、お寺へお参りしたり、おつとめをしたりする、そうした仏縁が重なるなかで感じられるようになるものなのです…