Category Archives: 住職から

報恩講三日目 お陰様で御満座お迎えしました

9月30日、朝6時集会鐘が響く境内には、はやくも総代さんが清掃をしていただきました。お晨朝にご参詣の門信徒の皆様をお迎えする、尊いお姿でした。ありがたいことです。6時45分には総代さんによる大太鼓が鳴り、ご法要が始まる知らせが響きます。

7時より朝のお勤めは『正信偈』でした。この度は今年の3月まで当寺の法務員をされていた石狩光明寺の西井正了師の調声をいただき、40名の門信徒皆様とご一緒におつとめさせていただきました。西井正了師は、この10月で住職の継職奉告法要を修行されるそうです。

お勤めに続いて「御俗章」の拝読をさせていただきました。少々声がれの拝読、申し訳なく思いつつ、蓮如上人のお言葉を、聞かさせていただいたことです。そして御法話を一席いただき、皆さんご一緒に朝のお斎をいただきました。眞願寺特製の『納豆汁』は絶品でした。6時前よりご準備いただいた婦人会の皆様、ご苦労様でした。

10時よりいよいよ満座法要(満日中)です。住職導師の任をいただき、ご法中の皆様、そしてご参詣の皆様と『宗祖讃仰作法』をお勤めさせていただきました。もったいなくもありがたい感無量の一時です。

ご法要が終わり、布教使・ご法中を前に報恩講の「御礼言上」を寺内・総代・壮年会・・そして門信徒一同を代表し、申し上げさせていただきました。

本願寺御門主様が、9月の大遠忌法要の時にのべられた中で福島第一原発事故について

『原子力は人間の知恵や能力で扱うことの出来るものかどうかを問いかけています。後の世に犠牲を強いて今の経済的豊かさを優先する私達の生き方は、仏教から見ても大きな問題です。』

と、お言葉をご照会し、子や孫にお念佛とともにご相続させていただく大切なものがあることを、真摯に受けとめ考えて行かなければならないことを申し上げ、明年の報恩講に向かって明日より門信徒の皆さんとご一緒に考えつつ歩んでいきたいと、申し上げさせていただきました。

その後、御法話を一席いただき、お陰様で三日間の親鸞聖人報恩講を円成させていただいたことです。一月前よりご準備いただいた総代の皆様はじめ、当番地区の皆様、婦人会、壮年会の皆様、そしてご参詣いただいた多くの皆様に心より御礼申し上げます。ありがとうございました。合掌

おみがき清掃ご奉仕 御門徒の上棟式

17日雨まじりの日になりましたが、秋のご奉仕おみがき清掃が行われました。

お彼岸と報恩講を目前にして、総代、婦人会や当番地区の方々40名の御門徒に御内陣の仏具のおみがき、ご本堂、会館、庫裏そして境内全般にわたって、大掃除をしていただきました。

従来の「」は古新聞などで何回も磨いてきれいに仕上げたものですが、近年はいい洗剤というか、液が発売され短時間できれいに仕上げられるようになりました。その名も「ニューテガール」という液で水に薄めてつけるだけでOKです。本当に昔を思えば楽になりました。

ご本堂はじゅうたんを巻き上げ畳の拭きあげ作業や、150脚ある下陣のイスを一脚ずつ拭き取り作業など、隅々まで清掃されます。窓は危険な箇所も多いので、業者さんに前日までに仕上げていただきました。御法中はじめ報恩講で使われる部屋の清掃や、境内の草取り、ご本堂前の階段に花壇がおいてありますが、その花ガラで汚れた石畳を磨いていただいたりと、仕事は大変多いです。お陰様で、今朝はきれいになった御内陣をながめつつ、感謝の中で手を合わさせていただきました。ご奉仕いただいた皆さん。ありがとうございました。

 

又、昨日の土曜日はご法事も4件をはじめ法務も忙しく慌ただしい中ではありましたが、麻布にある覚王寺様の報恩講に楽人として出勤させていただきました。初逮夜ということでしたが、大きなご本堂が満堂になり、ご法要が終わったときは、廊下にも20人ほど座っていらっしゃいました。毎年たくさんのご参詣があり、頭が下がります。特に今年は新たに納骨堂を新設され、すばらしい伽藍を拝見させていただきました。

その後、篠津の芝木家の上棟式にうかがいました。雨模様でしたが、ご親戚や近隣の皆様もご一緒にお参りいただき、仏式で行われる意義と尊さをお話しさせていただきました。ご法要が終わり、「もちまき」が行われ、笑顔の中でお祝いの一時を過ごさせていただきました。

20日から秋のお彼岸です。壮年会・婦人会のバザーも23日に行われます。今年はチャリテーバザーとして、売上金は送金させていただくことになりました。そしていよいよ28日から30日まで親鸞聖人報恩講がございます。東日本で被災されご苦労されているすべての皆様に思いをよせながら、ご法要をお迎えさせていただきたいと思います。

 

いのちを受けとめる

先日、ご本人のご希望で献体された方のご遺骨が、1年10ヶ月ぶりにご自宅にお帰りになられ還骨法要(お骨上法要)を営まれました。ご本人の献身的な思いから、献体されることはとてもすばらしいことであり、医療の研究には欠かすことの出来ない事と思います。しかし、お帰りを待たれている御家族にとって見れば、やはりさびしいものがあるようです。「やっと帰ってきました。これで心の整理がつきます」と。
大切な方の「死」は、その姿をしっかりと五感で感じ、理解して、儀式を通してはじめて受けとめていけるのでしょう。

政府のまとめた報道によると、8月24日現在、大震災による死者は15,729名になるが、行方不明の方は4,539名となっています。震災から5ヶ月半たった今日も大切な方の帰りを待つ方が、たくさんおいでになる事でしょう。理解は出来ても、受けとめることはなかなか困難なことでしょう。「変わり果てた姿でもいいから、見つかって早く帰って来てほしい・・」と。
如来様のお心をいただくとき、「いつでも・どこでも・どんな時にでも、あなたと共にいますよ。どこでどのような死をむかえようとも、必ずすくうぞ。その場でその時に、そのままで佛にし浄土に往生させるぞ。」とお約束をいただき、「われにまかせよ」と私を呼び続けて下さっています。

不明の事が明確になるのはかなわないことも多い世の中です。それをどう理解し、受けとめていくかは、私自身の問題でした。大切な方の「死」をご縁として、私の「いのち」をどう理解し受けとめ、生きていくかが大切なことではないかと思います。

三寒四温の境内 ⑩ こどもの日、蝦夷紫ツツジが開花

こどもの日をむかえ、境内の蝦夷紫ツツジも開花しました。たくさんあるツツジの中で、一番先に開花するのが紫ツツジです。これから順々に草花や木々が花咲くことでしょう。桜のつぼみもだいぶふっくらとしてきました。天候次第ですが、あと2.3日で開花となると思います。

 

山門両脇に植えてある笹も刈りどきをむかえました。今年は総代の木村夫妻が、一日がかりできれいに刈り取って下さいました。お陰様ですっきりとした門構えになりました。そんな4日と5日で本堂での葬儀がありました。ふるくから門徒としてお念佛をいただかれ、お寺にご尽力をいただき、地区世話人としても護持にご協力いただいた方が96才で往生されました。是非、ご本堂で葬儀をしてほしいとのご要望をありがたくいただき、厳粛なる中で修行いたしました。近年では葬儀社主体で会場などを決めて行われる葬儀が大多数を占めているようです。そんな中で、「うちはお寺で葬儀をしたい」と強く主張され、ご縁をいただくことが出来ました。ありがたいことです。葬儀終了し、御遺族皆様、ご本堂でおじいちゃんの葬儀が出来たことを、大変お慶び下さいました。

『悲しみも、慶びも、そして日々の生活も、お寺にご縁をいただこう』 こんな言葉が皆様の心に浸透していただけたらと、小春日和のこどもの日でした。

世のなか安穏なれ

先日、寺務所でパソコンを使い仕事をしていました。疲れたのでお茶でもと思い居間に行くと、坊守もパソコンで仕事をしていました。母を捜すと母もパソコンで写真の整理、息子もパソコンで音楽の取り込み、娘はテレビ・・。

同じ家にいながら、会話もせずひたすら個々にパソコンなどの画面を見ながら仕事をしている。その姿を見たときに、本当に淋しい思いになりました。家族ってなんだっけ?人が共同に生活する場所だったっけ・・?

最近の一般家庭では、それぞれ忙しく生活をしているので、会話どころかそろって食事もしない家が多くなっているようです。「今日学校はどうだったの~?今日こんな人が訪ねてきてね~。帰りの電車でさぁ~。あそこのスーパーで隣の奥さんにあったらねぇ~・・」。このようなたわいもない会話から、人と人とに結ばれる『縁』が出来て、お互いにお互いを認め合い、信頼と絆がうまれ、生活の中で助け合いゆずり合っていけるようになるのではないかと思います。笑いもあり、けんかもあり、いろんな事がある家庭であっても、いっしょに感謝し朝晩お陰様でと頭を下げるお佛壇がある。そんな人と人との『間』を大事にする『居間』を持ち、やすらかでおだやかな家庭を築いていきたいと思います。

宗祖親鸞聖人は、弘長2年11月28日(新暦1263年1月16日)、御年90歳にて、往生の素懐を遂げられました。いよいよ750回大遠忌の年をお迎えしたことです。『世のなか安穏なれ』とおおせになられました。「世のなか」とは広く言えば「世間」の事でしょう。その世間の中でまずは「夫婦・家族・家庭」そして「ご近所づきあい」から見つめて見てはいかがでしょうか。皆さん、安穏ですか?