寺院概要」カテゴリーアーカイブ

ザ・シンガンズ!

自己紹介で~す。皆さんよろしくお願いします。


石堂了正(せきどうりょうしょう)

出身
東京都調布市明西寺次男として生を受けました。花のサンパチです。まじめでよく勉強した学生時代でした。(と思います)少々やんちゃだったかもしれませんけど。ボーイスカウトは指導者までしました。
駒澤大学卒業  東京佛教学院卒業
趣味
住職ですし、お寺のことは何でもしています。(できることはですが)アウトドアーなら何でも好きです。夏は山や海へ冬はスキーそして・・。昨年初めてパークゴルフを家族でしました。
家族
母様(前坊守)、奥様(坊守)、長男(高校2年)、長女(中学1年)、ウサギ
一言
お陰様でみな元気に過ごさせていただいております。

竹澤拓弥(たけざわたくや)

出身
当別町太美  松雲寺(江別市野幌代々木町在住)
趣味
スポーツ(見るのも参加するのも好きです。)映画鑑賞
家族
妻、太美の実家に父、母、兄、弟2名、猫
一言
昨年は125年記念法要というとても大きな法要を皆様と一緒にお勤めさせて頂くというご縁を頂きとても大きな経験を積むことも出来ました。今後もお詣りやご法要でお会いすることもあると思いますが気軽に声をかけて頂ければ幸いに思います。これからも宜しくお願いいたします。

鈴木彰(すずきあきら)

出身
茨城県(札幌市中央区在住)
趣味
囲碁  登山  短歌を楽しみとする。
家族
一言
私の生まれた在所には、教行信証ご執筆の地・稲田の西念寺や、歎異抄の著者唯円の報佛寺等々があり、親鸞聖人にかかわる史実、伝説綯い交ぜて多くのことが語られていますが、決して篤信の地とは言い難い。しかしこんな風土に育まれたことを今は誇りに思っております。18歳までこの地にあり、その後上京して学んで後22歳にて北海道に渡る。
幾つかの公立高校の教師を勤める。中央佛教学院通信課程を卒業。平成9年得度、眞願寺衆徒となる。

廣兼義之(ひろかねよしゆき)

出身
滝川市(札幌市厚別区在住)
趣味
切手収集  将棋  山菜採り  スキー
家族
妻と子供2名(長女・長男)
一言
最終学歴 北海学園大学経済学部卒業
平成12年6月得度し石堂住職様のお陰で眞願寺衆徒としてお世話になり、中央佛教学院専修課程を卒業。これからも佛教の勉学に励みたいと思います。

鈴木康子(すずきやすこ)

出身
群馬県前橋市(江別市野幌寿町在住)
趣味
犬との散歩
家族
夫  母  犬2匹
一言
お寺の行事、しきたり等知らないことばかりで一から勉強しています。宜しくお願いいたします。

御幸断(みゆきだん)

出身
北広島市大曲(江別市文京台東町在住)
趣味
キャンプ・音楽鑑賞
家族
父  母  姉2名  犬2匹
一言
平成21年4月より眞願寺法務員として奉職させていただいております。
お寺では1年のあいだに様々な行事が行われます。お盆やお彼岸、親鸞聖人のご遺徳を偲ぶ報恩講、パークゴルフ大会、子供の集い…、たくさんの行事の中で門信徒の皆様と御縁をいただき、人と人との「つながり」を感じさせていただいております。
まだまだ半人前ですがこれからもどうぞよろしくお願いいたします。

小林正具(こばやしまさとも)

出身
兵庫県神戸市中央区(江別市元町在住)
趣味
温泉めぐり(スーパー銭湯も含む)、野球観戦
家族
父、母、弟 現在独り暮らしです。
一言
千葉県市原市から来ました。東日本大震災で北海道に来ることが遅くなりましたが、初めての北海道生活になります。皆様よろしくお願い致します。

境内案内

開教125周年記念事業の一環として境内地総合整備が行われました。
眞願寺の境内をご紹介します。

御本堂






鐘楼堂

移設修復された鐘楼堂。新緑の緑と青い空のコントラストがすばらしい

移設大改修が完成した91年の歴史ある鐘楼堂
移設大改修が完成した91年の歴史ある鐘楼堂

大広間


イス席250脚


葬儀会場として使用始まる


葬儀の様子


葬儀用荘厳


1F広間より談話コーナー


談話コーナー  奥の小窓が寺務所


下足箱と喫煙コーナー(たばこはこちらで)


装いも新たに全景


廊下(右側に広間左側はテーブル等収納)


旧広間葬儀式場全景


旧広間横廊下


宮殿は元の位置にお戻ししました

一處廟・納骨堂

全景ロビーより一處廟の全景


ロビー右側より(奥にエレベーター)


ロビー左側より(奥に第壱納骨堂へ)


正面右側法名板(往生年月日・法名・俗名・行年を一名一枚に各々記載)


正面左側法名板(往生年月日・法名・俗名・行年を一名一枚に各々記載)


ご本尊奥納骨室内部


中庭より一處廟外壁(江別煉瓦を使用)


第貳納骨堂


第貳納骨堂

総合玄関・寺務室ほか


総合玄関


寺務室


一處廟


2F広間


応接室


車入口より北側駐車場と庫裡、第2納骨堂を見る


参門より境内を見る

総合玄関より枯山水の中庭を見る  奥に一處廟の外壁


中庭より総合玄関と二階建て会館
手前左側に一處廟



本堂付近の窓より中庭と第貳・第参納骨堂を見る

当寺縁起

昨年9月に修行されました開教百二十五周年慶讃法要にて住職が拝読された「表白」より抜粋し当寺縁起として山門横の掲示板に設置されることになりましたので、その全文をご紹介いたします。

顧みれば
明治初期豊平川が石狩川に合流する 対雁に本州より開拓のため入地し その後 江別屯田分隊の入植されたり 樺太からは移住殉難者百八戸が入地され 皆、故郷を離れただひたすらに 開墾の日々を送られたり 何もなき原野を風雪にも耐え開墾すること 今は想像することも出来ず ただひたすらに働き労苦の中で過ごされたり
時に
明治十五年樺太移民 指導者上野正氏という念佛者ありき 氏を中心に屯田兵有志ら相集い 寺院建立を札幌別院に懇願され 明治十七年八月 対雁村廣間と呼ばれし地に 本願寺札幌別院が対江説教所の仮坊舎を 建立し尊象を奉懸して称名念佛の燈火がともり 人々の心のよりどころとなれり
翌明治十八年十月 当別院に勤務せられし平田大意師 対雁村開教使として当地に赴き 開教にいそしまれたり
しかしながら
樺太移住殉難の人々 伝染病などにより一カ年に三百余名が 次々と犠牲となられ ただ涙と悲しみの中にあれり その葬儀等の法要を当説教所により修行され その後総墓管理を引き受けし後 土地の寄贈を受け坊舎を建立され 明治二十二年六月 眞願寺と寺号公称し開基住職としてその 職務を全うされたり
翌明治二十四年には 明如上人より「乗佛本願生彼國」の 御染筆をいただきその総墓に建碑され 以来その墓前法要は受け継がれ今日に至るなり
次に
平田大意師開教のため幌向をはじめ 旭川各地に赴かれ住職なき時 厚信の門徒相集い別院に懇願し 明治二十七年石堂廓然師を迎えられたり 師は日夜を選ばず 布教伝道の志をもって精進され 明治三十一年に 屯田兵村より敷地の寄進を受け 現在地に移転し堂宇を建立し 明治三十三年 住職に就任されたり
以来
今日を迎えるまでは 代々に幾多の困難な時代もあり 第三世廓也師・第四世廓悟師 それぞれ若くして往生されるや 坊守相続き往生され諸行無常の音ひびき渡り 正法宣流の志とぎれつつあるも 代務住職の教化をいただき 厚信の門徒時を選ばず寺に集い ただひたすらにお念佛の燈火を護られ 今日に至れり
時に
親鸞聖人七百五十回大遠忌法要を修行し 開教百二十五周年・寺号公称百二十周年を 機縁とし 千余の門徒相集い眞願寺奉讃会を設立し 本堂内陣伽藍の金箔押し極彩色工事をはじめ 念願の山門建立 鐘楼堂の移設大修復工事 第貳第参納骨堂の建立 総合納骨所「一處廟」の建立 境内地総合整備工事など すべて相整いこの慶讃法要を迎えたり これぞ門信徒の懇念一つになり成就したまいき まさに歓喜胸に満ち瑞風四方より至る
されば今日より
他力摂取の法悦をともにせん輩 すばらしき念佛道場に集い 朝には手を携えて門法求道の歩みを運び 夕べには念佛もろともに 法音宣流のわざにいそしみ 以て、法幢を万世に伝えつつ 如来大悲の恩徳に応まつらんことを敬って言す

平成二十年九月二十八日当寺開教百二十五周年寺号公称百二十周年
慶讃法要第五世住職釋了正表白より

江別市は…

江別市は、石狩平野の中央部に位置し平坦で豊かな自然環境に恵まれた街です。
札幌と隣接し、北海道立図書館や情報図書館の他、大学が立ち並ぶ文教の街でもあります。古くからレンガの製造がさかんで、市内にはレンガ造りの建物や遊歩道が多数あり、近年は「やきもののまち」として市民の陶芸活動もさかんに行われています。
江別市のホームページへ

江別市はこんな街です

市制
昭和29年に江別町に市制が施行されました
人口
約12万人
姉妹都市
アメリカオレゴン州のグレシャム市
(高校生の相互派遣等の交流を行っています)
友好都市
高知県土佐市
(市民まつりの大網まつりの本家です)
アクセス
JR函館本線・北海道縦貫自動車道・新千歳空港より車で約1時間

やきもの市

毎年7月、コミュニティセンター周辺にて、300件を超える道内の陶芸家や陶芸サークル等が軒を並べ、陶器等を販売します。また、西暦と同じ数だけれんがを並べる「れんがドミノ」も行われます。やきもの市の会場は眞願寺のすぐ近くです。
えべつやきもの市のホームページへ

境内の花・春

眞願寺境内には、春から秋にかけてさまざまな花が咲き誇ります。その中からいくつかをご紹介します。