坊守から」カテゴリーアーカイブ

坊守から・平成29年3月

たらの芽の 煮ても焼いても くふ処 (俳句:正岡子規)
何だか美味しそうで、春が待ち遠しくなる句です。
テレビのバラエティ番組に毎回着物で出演されている俳人の「夏井いつき」さんを知っていますか?芸能人が作った俳句を超辛口で添削され、「才能アリ!才能ナシ!」とズバッと言われる面白い方です。時々見ていると、私も俳句を作りたくなるのですが、何せセンスがないので上手く作れません。難しいですよね。
その方が書かれた本を読むと、「俳句は生活のすべてとつながっているので、身の回りのどんなことでも詠める。毎日作ること。大事なのは作り続けること。」だそうです。脳トレにもなるそうですよ!始めたら楽しそうですよね。 考えてみると、私の毎日も仏教の教えとすべてつながっています。ついついお経が長いとか仏教の教えが難しいとか言ってすぐに避けてしまいますが、耳をかたむけて聞き続けていると、少しずつですが心に入ってくれる気がします。まずは不平不満を言ってしまう悪いところを反省しなくてはなりませんね。
子供達は春から新たな旅立ちとなりました。私もひと区切りの年齢となり、今年は何か一つでも長く続けるということを目標に過ごしていきたいものです。

坊守から・平成28年9月

28-01 今年の8月21日(前住職の祥月命日) は台風の影響で強い雨の降る日でした。
 毎年かかさず来てくださる叔母達。そして珍しく私達5人姉妹が揃い、総勢19名で賑やかにお参りをさせていただきました。
 父が昭和62年満46歳で往生してから毎年お盆過ぎのこの日に集まり、お互いの近況や思い出話に花が咲きます。
 「あと10年経ったらいったい何人になるんだろう」と義兄の言葉に皆笑ったことでした。
 亡くなった父は46歳で時が止まっています。当時は悲しみが大きすぎて、母をはじめ私達は父のことを話すことが出来ない日々を何年か過ごしていました。「お寺は忙しくて嫌だ」と一番反発をしていた私が坊守となり、紆余曲折しながらいつのまにか父の年を越えていました。
 ふと数えると29回目の命日。あと何回父の命日をお参り出来るでしょう。また来年も皆で集まれるかなぁとしみじみ思い、今年の盂蘭盆会で親鸞聖人のお手紙のお話をしていただいたことを思い出しました。
 「浄土にて かならずかならず まちまゐらせ 候ふべし」
不思議なご縁を感じつつ尊い一日となりました。

坊守から・平成28年3月

13-01 「うちのウサギのぷーちゃんってかまちょだよねー」今年飼い始めたウサギを茶の間で遊ばせていると娘が言いました。
 皆さん「かまちょ」ってわかりますか?
 若い子と話していると時々何を言っているのかわかりません。
「大人にちゃんとわかるように話しなさい」と父。
「それってどういう意味?」と母。
 「かまってちょうだいっていうことだよ」と少々嫌な顔をしながら娘は教えてくれました。
 教えてくれない時私はこっそりインターネットで調べ、なるほどと納得します。
 ささいな会話ですが、大人には理解が難しい子供達の世界をみることができます。
 さて、佛教用語は難しい言葉がたくさんありますが、私は子供との会話のようにすぐに調べて納得していたかなぁ・・・と反省したことでした。
 気がつけばもう少しで春ですね。新たな生活が始まる方も多いでしょう。
 私は法語カレンダー「今を生きずにいつを生きる ここを生きずにどこを生きる」を切り取りコルクボードに貼っています。この言葉はわかりやすいので大切にしています。不安な気持ちになる毎日ですが、やさしく厳しく力強い言葉に勇気をもらい日々過ごしているところです。
 雪解けもすすみ、お彼岸も近づいてまいりました。皆さまどうぞ足下にお気をつけてお出かけ下さい。お待ちしております。

坊守から・平成27年9月

「老けたっしょ?!」
息子が大阪から大学の夏休みで帰省し、小学校のクラスメイト数人が家に集まり境内で焼き肉をしていました。私は
「みんな久しぶりだね♪」と嬉しく近づいて行ったところ、息子の第一声でした。
「ガーーン!それはそうでしょ~みんな20歳過ぎたんだから、お母さんだって年取るよ」 と、しょうが無く半分納得し言ったのでした。
集まった中には、母校の小学校へこの夏教育実習で教壇に立つ子がいました。来年閉校になる前に来ることが出来て本当に良かったねと話したことです。
三代にわたって通った中学校も今年新築され新校舎となりました。歳を重ねていくと、色々なことが変化し移り変わっていきます。佛教では諸行無常というのでしょう。
これからはどんな世の中になってゆくのかと、息子や娘の行く末を心配しつつ成長を楽しみに思う夏の終わりの一日でした。
お寺では秋の法要のご案内です。涼しくなったご本堂にどうぞお参りください。お待ちしております。
7-01

坊守から・平成27年3月

10-04 先日、ママ友(子供の友達のお母さん達)とお昼ご飯を食べに行きました。
 話題は大抵子供のこと、学校や塾のこと、旦那さんのことなどなど。話は盛り上がり、笑ったり怒ったりと楽しい時間でした。なんと言っても主婦には上げ膳据え膳で美味しい物が食べられるという幸せなひとときなのです。
 その時の会話の中で、あるお母さんが「もうこの歳になったら日常で怒ってくれる人いないよね~お寺行ったら住職さん説教してくれるかな?!」と。
 一人だけ旦那さんに怒られる!という方以外みんな同感し、私は「いいよ いいよ いつでもお寺に来てね♪」と、みんなで笑ったのでした。
 家に帰ってから、子供の時は親に厳しく叱られたことを思い出しました。この歳になると子供に叱ることはありますが自分が叱られることは中々ありません。注意されないと、ついつい自分が一番正しいと勘違いしてしまって、考えも偏ってしまいます。
 「あぁ私も本堂に行ってお説教(ご法話)聞かなきゃ」と思った一日でした。
 お説教を聞くとは叱られることではなく、仏法のお話を聞いて自分を振り返りながら色んなことに気づくこと。皆さん安心してお話を聞きに来て下さい。もうすぐ春がやってきます。心も軽くなったらよいですね。