団体参拝」カテゴリーアーカイブ

大遠忌 眞願寺第二期団参 『お念佛に出会う旅』 ①

10月14日(金)より16日(日)まで、第二期の団体参拝旅行に行ってきました。もちろんご本山本願寺で行われる親鸞聖人750回大遠忌の参拝旅行です。6月には3泊4日で予定定員40名を上回る45名の方の参加をいただき、「お念佛ご勝縁の旅」となりました。是非私も!と言う声をいただき第二期を企画させていただいたことです。この度は18名の団体ということで、比べれば少なかったのですが、すばらしい旅となりました。この旅行を一言で言い表せば、『お念佛に出会う旅』だったと感じる今日です。

10月14日(金)まだ真っ暗の朝5時に、ご本堂や境内にに電気をつけ、お迎えする準備をしていました。間もなく参加者が次々とおいでになり、夜も明けつつあります。

ご本堂で出発式、前坊守の見送りの中バスで千歳空港へ。江別西インター付近できれいな日の出にあいました。このお天気が京都でも続けばと・・思いましたが。

関西空港よりバスで一路京都は銀閣寺横にある「おめん銀閣寺本店」に到着。やや雲行きが怪しくなってきましたが、坊守ご推奨の京うどんのお店に到着です。店ののれんの前で写真をと思いましたが、後回しにして、先ずはいっぷく。おいしいお茶をいただきながら、18名の自己紹介。3日間よろしくお願いします。

さすが坊守のおすすめとあり、おいしい京風のおうどんをいただきました。九条ネギやミョウガなど、たっぷりと薬味をいただき、つけめんで!

お店を出るとかなりの雨、のれん前で写真の話しは自然と消滅して、歩いて銀閣寺へ。雨の中での散策となりましたが、雨の庭園と銀閣も美しい姿を見せてくれました。

銀閣寺より北にバスで15分、本願寺北山別院に向かいました。一乗寺にちかい駐車場より雨の中歩いて15分、すばらしい山門が我々をお迎え下さいました。

親鸞聖人ゆかりのご別院は、聖人がまだ修行にておられた延暦寺から六角堂への参道の途中にあり、ここに湧いている清らかな水でのどを潤し、体をぬぐわれた場所です。この急な参道を歩かれた聖人のご苦労があったからこそ、お念佛と出会われたと思うと、その清らかな水をくみ、手を潤すと無量のよろこびを感じる一時でした。又、ご別院の山門は、実は眞願寺の山門を建立するに当たり、大変参考にさせていただいた山門です。参拝者の皆さんに話すと、「本当に似ていますね!」

そこから西大谷、大谷本廟へと向かいました。親鸞聖人の御廟があり、大遠忌中は、参詣者が後を絶ちません。まさしく御礼参拝です。その大谷本廟には眞願寺の納骨堂があり、当寺の門信徒の皆さんが分骨されています。今回も、お骨を抱いての旅となりました。礼拝堂で讃佛偈のお勤めと御法話をいただき、納骨堂で納骨式。7名の方々の納骨をさせていただき、皆さんで重誓偈のお勤めをさせていただきました。

その後、明著堂に参拝。まさしく親鸞聖人の御廟六角堂に参拝御焼香させていただきました。

予定では青蓮院参拝の予定でしたが、朝も早く、雨もかなり降り続けていたので、一端ホテルにチェック・インし、一休み。夕食会場へと向かいました。

 夕食は住職が是非とのことで三十三間堂近くの『わらじや』さんで、おいしいう雑炊で京料理を堪能しました。

明日はいよいよご法要です。ホテルにまっすぐ帰り、まもなく就寝でした。(本当はちょっと一杯、ホテルのバーでいただきました。)

参拝旅行を終えて 釋縁顕(髙間 満昭)様より

親鸞聖人750回大遠忌法要第一期団体参拝の参加者を代表して旅行記を書いていただきましたので、ご紹介させていただきます。

親鸞聖人750回忌大遠忌法要参拝団に参加して

西日本等では卯の花が咲く頃(初夏=梅雨)北海道札幌教区12班の親鸞聖人750回忌大遠忌法要参拝団は6月9日早朝に廣間山眞願寺境内を坊守さんに見送られ出発しました。

新千歳空港から神戸空港に着き京都の桂川を渡り「西山別院」へと向いました。
別院は旧本願寺阿弥陀堂を移築したもので現在は浄土真宗本願寺派の「得度習礼・教師教修研修道場」「西山幼稚園」を境内に併設し、本願寺教団の創設者で親鸞聖人の曾孫に当る覚如上人の御廟所であり、我が眞願寺の住職石堂了正さまも若き折り西山別院にお勤めされていた重要なお寺であります。我々一行は本堂にて「讃佛偈」をあげ覚如上人御廟をお参りし対面所にて昼食をいただきました。

御廟所は大きい樹が墳墓の上に根を張り正和の時代から変わりない命の流れを今に伝えているようでした。私が一番印象的だったのは、境内で子供達がボール遊びをして母親達が立ち話をしている境内風景であります。別院のような有名で重要なお寺の境内で遊ぶ子供達の姿は私の中にあるお寺風景と重なり強い印象と安らぎを感じました。

午後より参詣しました親鸞聖人の御廟「大谷本廟」には「・・・・先人にならいまずご廟に跪き、聖人の生涯を偲びつつ、南無阿弥陀佛とお念佛を申しましょう」と記されていました。親鸞聖人750回大遠忌とのことで普段は入れない明著堂の堂内で南無阿弥陀佛と念佛申すことは出来ましたが、聖人の生涯を偲びつつの参詣は勉強不足の為、不十分と思いながらの参拝でした。

また、大谷本廟には第一・第二無量寿堂納骨堂があり今回も幾人かの方が分骨されていましたし、先に納骨されている方は久しぶりのお参りとなったようで、それぞれの思いのなかで一時を過ごされておりました。

1日目の宿の場所は近くを散策するだけで数日を必要と思える場所で二条大橋と三条大橋の間に位置していました。近くの一角を数分歩くと、土佐藩邸跡・長州藩邸跡には桂小五郎像があり芸妓幾松と一緒に暮らしたと言われる料亭幾松があり数丁離れたところには池田屋騒動の池田屋跡・薩摩ゆかりの跡地など現代日本の夜明けの足跡を思わせる地域でありました。さらに、鴨川に平行して高瀬川が流れていますが、高瀬舟で知られる「一之舟入」と言われる終着地が夕食をいただいた懐石料理「がんこ高瀬二条苑」とホテルの中間点の高瀬川に碑が建っていることから水運の拠点であった事を物語っていました。

2日目は親鸞聖人750回大遠忌法要参拝の日であります。
本願寺に到着しますと多くのバスと参拝者でしたが、見事な誘導のもと整然と境内に入り法要参拝記念写真を撮影した後法要が行われる御影堂に入りましたが3000人以上の人で一杯でした。 我々札幌教区12班は45名ですが、新潟の地蔵堂A・B併せ195名、石川(鳳珠)217名等々大きい参拝団も多く見受けられました。
石川の皆さんは黄色い三角巾を首にまいて本堂内陣正面前列に居ましたので一段と大集団のように感じました。

我々は正面向かい左奥で本堂内陣は大型モニターでしか見ることが出来ませんでしたが、太鼓が近くにあり、ある雰囲気を感じるには十分でしたし、住職さんのご出勤姿もモニターで見ることが出来ました。

大遠忌法要は総局挨拶から始まり、記念布教福田布教使のお話し・ご門主様・新門様のご挨拶と今年3月の東日本大震災への哀悼と取り組みについて、親鸞聖人750回大遠忌法要のスローガン「世のなか 安穏なれ」についてお話し頂きましたが、現代社会の現実の中でどのように考えていくか実質的な行動は難しいテーマであると思われてなりません。バスガイドさんの話では中日新聞で親鸞聖人の特集をしているとのことでしたが、北海道新聞や京都新聞等で五木寛之『親鸞』を連載しています。

また、6月15日某TV 局で「人に価値あり!法然と親鸞、救いの道を探究した・・・・」タイトル番組が放映されていました。何故法然上人や親鸞聖人が「南無阿弥陀佛」にたどりついたか等々大変わかりやすく説明されている番組でした。
京都であれ地方であれ、今年は多くの人が仏教に接し、多少の時間を共有することが出来たのでないでしょうか。
このような時、西本願寺においてご門主様・新門様共に全国の門信徒の皆様共々「宗祖讃仰作法」によりお参りできたことは、かけがえのない一日でした。
今回の法要を縁に私達夫婦を含め13名が阿弥陀堂にて帰敬式に参列し、おかみそりを受けてまいりました。(法名は釋縁顕といただきました。)

京都から宿泊予定の岐阜長良川までは名神高速道路で養老を経由し一ノ宮より名岐バイパスで木曽川を渡り岐南町切通の“浄慶寺”に向いました。予定より遅れての到着でしたのでお寺の皆さんが今かとお待ちになっておられたようでした。
お寺の前の道路は昔の中仙道であり交通の要であるとともに地域としても栄えたようで、お寺の名前が市場山浄慶寺とあり、ホームページによりますと開基は文明18(1486)年また元和7(1621)年第12世准如上人より寺号をいただいたとのことです。
長い歴史のなかを地域の方々と共に現在に引き継がれた事が偲ばれるお寺で、浄慶寺の坊守さんは眞願寺住職さんのイトコとのことで、住職さんはじめお接待してくださった門信徒の皆さん穏やかな雰囲気のお寺で、住職さん坊守さんが地域と寄り添っての日々を思いお参りさせていただいた一時でした。
浄慶寺のホームページは一見に値する素晴らしい充実したものなので何かの機会に閲覧されるのも一考かと思います。
当日の宿泊は長良川沿いにあるホテルで日没後、鵜飼を楽しみました。
3日目は東海北陸自動車道を北上し飛騨古川から飛騨白川郷へと向いました。途中のひるがの高原SAでは日本三名山の白山・長良川源流の大日ヶ岳を仰ぎ見ることが出来るそうですが、あいにくの曇り空のため麗姿を見ることは出来ませんでした。さらに東海北陸自動車道で日本の道路トンネルとして第3位の飛騨トンネルを通過し白川郷に至り合掌造りの集落を展望しました。

萱葺きの葺き替え等の話から全国でも珍しい萱葺き合掌造りの明善寺を訪れることとなりお寺の庫裡は郷土館で民具等が展示公開されており本堂へは庫裡を通ります。
浄土真宗のお寺とのことでしたが、住職さんによると真宗大谷派で寺号をいただいたのが延享元年(1744年)とのことなので、長きに渡り地域の人々の生活と共に現在に至ったことが推察することが出来るお寺でした。本尊の阿弥陀如来立像はどえらいキンピカでした。

昼食も水田や社寺に囲まれた合掌造りの館で頂き飛騨古川へと向いました。飛騨古川は古い町並みもあり伝統風習が残る飛騨文化地域で、古川には浄土真宗本願寺派の円光寺・真宗寺・本光寺の三寺があり1月15日に親鸞聖人のご恩を偲び夜通しで詣でる「三寺まいり」は地域文化として今も多くの人々が参加されているそうです。

我々は三寺の一つ真宗寺に向かい参拝させていただきました。住職さんは30代で愛犬との独身生活との事でしたが、愛犬が洋犬でなく和犬ならもっと絵になったのにと私的には少し残念でした。
岐阜一宮等々から冬の野麦峠を越え故郷へ帰ってきた娘さん達はどんな思いで三寺まいりし、雪の野麦峠を越えて出稼ぎに戻って行ったのかと思う時、胸のつまるものがあります。
しかし、その時代から三寺が地域にとって身近な場所であり心の支えであり安らぎや喜び等のお寺であったのだと思われます。
飛騨古川は和ローソクが有名で、全て手作りの和ローソクは飛騨古川だけとのことでした。

古川を後にした我々は日光東照宮の「ねむり猫」等で有名な左甚五郎生誕の地と言われている飛騨高山の高山祭屋台会館を見学しました。写真やテレビなどで見る屋台やカラクリ人形は匠伝統の積み重ねで圧倒的な技術を我々に見せていますが、なぜ飛騨の奥の山郷で木工だけでなく塗り・金具等々の匠が育って行ったのか不思議に思われてなりません。
私達夫婦は名古屋から別ルートで帰ってきましたが、3泊4日を明るい皆さんと一緒に旅が出来た事を大変嬉しく思っています。
親鸞聖人750回大遠忌法要に皆さんと一緒に参加し旅させていただき有難うございました。

法名 釋縁顕(髙間 満昭)

親鸞聖人750回大遠忌法要 第一期団体参拝旅行(平成23年6月9日~12日 45名参加)

御法要では、ご門主様より「お言葉」をいただきましたので、ここに掲載させていただきます。

御門主様のお言葉


 50年に一度のご勝縁である大遠忌法要にようこそご参拝になりました。
 東日本大震災が始まって3ヶ月が過ぎました。亡くなられた方々、そのご遺族に哀悼の意を表します。行方のわからない方々、被災された方々、今なお続く困難を抱えていらっしゃる方々にお見舞い申し上げます。
 困難のなかご参拝になった方もいらっしゃることでしょう。ようこそおいでくださいました。
このご法要で宗祖親鸞聖人の遺徳をたたえ、各地からご参拝の方々とともにご本願念佛に生きる思いを確かめたいと思います。
 突然地震に遭い、津波に襲われた方々の恐怖や無念さは体験していない者の想像を超えています。人間や人間が作ったものが当てにならないだけでなく、天地自然も予測を超えていることは、佛教の基本である生死無常のことわりとして、理屈としては理解できても簡単には受け入れることができません。
 私たちは平生この世のことにとらわれて生きているからです。人間の知恵には限りがあり、欲には限りがありません。このような私たちの姿を見抜かれた阿弥陀如来のご本願です。いつでもどこでも南無阿弥陀佛となって私を喚びはたらきかけていてくださる阿弥陀如来です。
親鸞聖人が教えてくださるのは、この世を超える道です。ご本願を信じ念佛申す者にとって、人生は往生浄土の道を進むことであり、お浄土は私が佛になる場所です。親鸞聖人はご和讃に「本願力にあいぬれば むなしくすぐるひとぞなき 功徳の宝海みちみちて 煩悩の濁水へだてなし」と述べられました。
 個人として被災地を訪ね救援活動をしている方々は多くいらっしゃいますが、宗門として何をすべきか何ができるか、難しい課題を与えられました。「世のなか安穏なれ、佛法ひろまれ」という親鸞聖人の願いを保ち続けなければならないと思います。原子力発電所の事故は人間の知恵や能力で扱うことのできるものかどうかを問いかけています。後の世代に犠牲を強いて今の経済的豊かさを優先する私たちの生き方は佛教から見ても大きな問題です。佛法を伝えられこの御影堂を託された私たちが子孫へは何を残すことができるでしょうか。
 被災された方々を思い、等しく阿弥陀如来の知恵と慈悲に包まれた者として、同じ社会に生きる者として、南無阿弥陀佛とお念佛申しつつ、精一杯過ごさせていただきましょう。


6月10日ご法要直前に御影堂の前で(中央は本願寺会行事今小路覚真師)

参拝旅行を終えて 釋浄行(萩原 明美)様より

親鸞聖人750回大遠忌法要第一期団体参拝の参加者を代表して旅行記を書いていただきましたので、ご紹介させていただきます。

参拝旅行を終えて

今年は「東日本大震災」という悲しい出来事があり「命」について深く考えさせられたことです。その中を「親鸞聖人750回大遠忌法要」参拝旅行に参加させていただきました。
1日目は当寺了正ご住職様が数年間おられたという歴史ある西山別院をお参りさせていただき、夕食には美しい舞妓さんが同席され京都の風情をあじわいました。

翌日は御影堂で全国各地から来た多くの門徒の方々とご法要を共にしました。ご法要のあとご門主様、新門様より「お言葉」があり有難く拝聴させていただきました。その後阿弥陀堂に移り帰敬式があり、13名の方が受式されました。大谷本廟では皆さんが見守るなか3名の納骨を終えました。帰りには当寺了正ご住職様と従妹様が坊守をされている浄慶寺をお参りさせていただきました。山門前の道路はかつて中仙道ということで往時が偲ばれたことです。夜は長良川で鵜飼を見学しました。暗闇の中、鵜飼舟がかがり火を照らし流れの遠くには岐阜城がライトアップされ本当に絵になる光景でした。

3日目は日本三大秘境の一つといわれる白川郷へ。深い山間の白川村に300年という歴史ある明善寺をお参りさせていただきました。鐘楼門も本堂も茅葺きで水田の側には濃紫色のあやめが咲きとてもきれいでした。飛騨では真宗寺をお参りさせていただき本堂に白いかわいい犬が何度も飛び入りしては私達を笑わせてくれたことです。
最終日は高山陣屋を見学し朝市での買物と古い町並みを散策。この旅では花も私達を迎えてくれました。水上に咲く蓮の花、白い花の山法師、手のひらより大きい朴葉。帰りには名古屋城を登り皆さんと共に楽しみました。歴史ある町や村、寺院をお参りさせていただき又帰敬式にも参加でき良い思い出となりました。
これからも銀杏の樹は本願寺を末長く見守り続けてくれることと思います。合掌

法名 釋浄行(萩原 明美)

大遠忌 お念佛ご勝縁の旅 ② (6月10日)

6月10日、午前8時にホテルを出発、ご本山には8時15分御影堂門近くに到着。ご本山のスタッフ皆様でお出迎えいただく。先ずは御影堂門で一礼し境内へ。

早くも全国各地より団参の方々が集まられ、境内はにぎわいを見せる中、阿弥陀堂門そばで、御影堂を背に記念写真。その後阿弥陀堂に参拝。阿弥陀堂もきれいにお荘厳され、間近で御本尊を拝見し、手を合わせお念佛。

そこより両堂の渡り廊下を通り、大きな太鼓をすぎ、いよいよ御影堂に。

たくさんのイスが並び、早くも多くの方々が入堂。残念ながら我々は「Iブロック」なので一番南側なので、全くご法要は見えない位置。正面を過ぎるときに、ちらっと御真影様を仰ぐ。頭を下げる間もなく、自席へと移動。やはり。

しかし、御影堂内は全く見えないが、大きなスクリーンが目の前にあり、そのスクリーンを見つめつつ、参拝となる。

いよいよ大太鼓の音とともに、庭儀が始まる。阿弥陀堂に集った僧俗が列を成し、雅楽の演奏(道楽)の中御影堂へと進む。

その後結衆が阿弥陀堂に集い、ご門主様、新門さまがお見えになられ、ご門主様御焼香とご一緒に合掌礼拝され、後堂より御影堂に向かう。私も結衆として出勤させていただき、ご門主様・新門さまの後に御影堂へ。

行事鐘と同時に雅楽の曲が変わり(調子)結衆の出勤、出内陣の一番外側を通り内陣正面をまわり自席へ。ご門主様御焼香とご一緒に合掌礼拝。私の自席は親鸞聖人御真影の真南(真横)で、その厳しくもあり優しくもある横顔を拝し、感無量の中で礼拝。

新門さま御導師の作法で、同時総礼し、新門さまの表白を拝聴し法要が始まる。途中より立ち上がり行道が始まる。前の人との間を開けて散華しつつ左右左右と進む。正面の御真影様御前にて向き直り散華一礼。緊張の一瞬。

自席に戻りご法要も終盤。余間に移動し、新門さま、ご門主様の「お言葉」を拝聴し、大震災で被災した多くの皆様へのお言葉、そして宗派として何をなすべきか、世の中安穏なれと言われた宗祖の大遠忌にあたって、問われている課題は大きいと、聞かさせていただく。そしてただただお念佛。最後の恩読讃は感動的。

ご法要終わり「帰敬式」。眞願寺からは13名の門信徒が受式。大遠忌をご縁に尊い帰敬文を誓われ、おかみそりをいただき法名拝受。尊いご縁。650回忌の100年前にも眞願寺の御門徒が帰敬式受式された記録が先日見つかった。

帰敬式受式以外の皆さんは、国宝白書院の拝観や、ご縁マチの散策。ご一緒に北境内地で昼食をすませ、ご本山を後にする。

一路岐阜を目指し、高速道路を東に進む。渋滞もあり、多少の遅れもありつつ岐阜市の淨慶寺さんに到着。(淨慶寺HPリンク)ご住職はじめ皆様のお出迎えをいただき、参拝させていただく。岐阜は中山道に面し、由緒あるお寺で、文明18年(1486)5月本願寺第8代蓮如上人に深く帰依した、直弟子の正專坊の開基という

淨慶寺坊守とは従兄弟になる親戚寺院。短い時間ではあったが尊い御勝縁をいただく。

淨慶寺さまよりバスで20分、今夜のお宿は長良川温泉岐阜グランドホテル。早々夕食をすませ、長良川で夕涼みしつつ、しばし鵜飼いを楽しむ。ホテルに帰り夜が更けるまで、大遠忌法要のご縁を語り膝を交える。