私の死と葬儀~エンディングノート~

「いのちの終わりは必ずやってくる」と知りつつも、その時を迎えていないと思う私には、なかなか現実問題として考える事が少ない。しかしよくよく考えれば明日だって保証されていないのが私のいのちでした。その「死」をどう迎えるか、又葬儀をどうしてもらうのか。
最近エンディングノートが話題となり、書き込む方も多くなってきたようだ。現代では親族すらも繫がりの少ない方も増えてきた。自分の意思を伝えることはとてもいいことと思う。しかしあまり葬儀についての細かな希望は書かない方がいいと思う。お寺や会場など最低限のことで充分。後は残された方にお任せするしかないのである。
多くなってきた「地味葬」といわれる「一日葬」「家族葬」「密葬」「直葬」など、僧侶も葬儀社にすべてお任せ、お得なセット料金などなど~。私はなかなかおすすめ出来るものはない。葬儀が終わってからいろんな問題も出てくるようだ、儀式を行う意味が弔問者に伝わらない。大切なことは死をどう迎えるか、そしてその姿をどう子や孫へ伝えるかと言うことだと思う。
死は私のこの身とも別れる事であり、つらく、悲しい事。しかし受けとめねばならない「死」であれば、いただいたいのちを、ありのままに阿弥陀如来とともの人生と精一杯生きぬき、「私の死」も阿弥陀如来にお任せし、いのち終われば浄土に生まれ佛とならさせていただく、明日のある、未来ある人生を歩まさせていただきたいと。そして葬儀は、会場からお念佛があふれ、参詣いただいたすべての皆さんにみ法(のり)に出遇っていただける儀式であってほしいと思います。