「出会い」そして「出遇い」

 50年という長い時間が過ぎると、時代も変わり思いがけない出来事もたくさんありました。その都度こころも揺さぶられ、悲しみと喜びを繰り返してきました。自分で歩んできた人生ですが、思いもよらない出会いによって歩むべき道も変わり、それが縁となって又新たな出会いを繰り返し、その都度一喜一憂しつつ過ごしてきました。
 『出会い』とは人との出会いもあれば、自然災害をはじめあらゆる出来事にもあるでしょう。よくよくふり返るとすべての出会いや出来事が、自分の計らいではなかったと気づかされ、私自身がここに存在していること事実そのものもが、そうであったとふと気づくことです。
 同じように知らず知らずご縁をいただいているのがみ佛のみ教えでした。悲しいご縁より出遇う方も多いと思いますが、気づいてみると手を合わせている私に気づきます。
 三帰依文の冒頭には『この世に人間として生まれた深い意味と尊さに、今初めて気づくことができました。それはまさに仏法の教えを聞くためであったのだと、今ようやく仏法に出遇えた喜びを素直にいただくことができました。』と書かれています。いずれいのち終わってゆく人生ですが、いただいた尊いいのちを、み佛とともに力強く生きぬかさせていただき、ただ終わるのではなく佛とならさせていただく人生を歩まさせていただきましょう。(写真:境内のハルニレH26.2.12 撮影)
境内のハルニレ

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