よろこびも悲しみも

生きていく中で誰しも「よろこび」と「悲しみ」は絶えずおとずれてきます。それも降り積もった雪が解けていくように、次第に記憶から無くなっていくことも多い中、忘れられない事として、心に残されることもあります。生きるとは、さまざまな出来事に出会い、喜怒哀楽の中、時、時の連続を過ごしていくことなのでしょう。

いいことばかりの人生だったら、悩むことも無いでしょう。しかし「老・病・死」などのいのちにかかわることなど、避けることの出来ない事実を受け止めていかねばならないのも、私の人生です。ありのままを受けとめるってとても難しいことですよね。わかってはいるけれど、「できればいつまでも元気で変わらずに生きていきたい」誰しもそう願い思うことです。

阿弥陀如来は、そんな私をよくよく見抜かれ、『わかっているぞ。そのままでいいぞ』と諭され、『しかし諸行は無常であるからこそ、あるものはすべて変わっていく世界である。だからこそあなたのいのちの一大事は、すべて引き受けるぞ』とお誓い下さっています。

人ではなく人間として、時ではなく時間を共有していく。その『間』を大切に、限りあるいのちだからこそ、寄り添い合いながら、助け励まし合いながら、そして喜び合いながら、いただいたいのちを生きていきたいものです。阿弥陀如来のお心をいただきつつ。

平成22年3月

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