石燈籠

【このコーナーでは寺内法宝物等をご紹介いたしますのでお楽しみに】

長い歳月境内にありました石燈籠一対につきましては、このたびの山門や鐘楼堂移築等により、その老朽化もあり、惜しまれながらも撤去せざるを得ませんでした。

つきましては、後世への資料の一助にもとの思いもあり、寄贈者 小林リタさん縁の方と、住職との往復書簡をご紹介させていただきます。
なお、小林リタさんは昭和9年4月26日に68歳にてご往生されておりました。

住職からの手紙

眞願寺の古きをたずねて
小林様

謹啓 お念佛ご相続の中、益々ご清祥のことと存じます。
過去帳、まちがいなく謹製させていただきましたので、お納め下さい。

さて、お電話でおはなしいたしました、境内にあった石燈籠の写真を送付させていただきます。

たまたま書かせていただきながら、ふと思い返し、調べましたところ、間違いないなので、お知らせいたしました。現在当寺では開教よりの記念誌を制作しておりますので、小林リタ様のことでわかることがありましたら、お知らせいただければ、ありがたく存じます。写真には樺太落合町とありますが、そこに住まわれていたのでしょうか?寄贈は大正初期と思われますが、当時のことで何かあれば、お願いいたします。

秋も深くなります。どうかご自愛下さいませ。 合掌

平成20年10月27日
眞願寺住職 石堂 了正

小林リタさん縁の小林英也さんからの手紙

前略

いつも大変ご配慮を頂き有難うございます。

先日は母の七回忌の法要を勤めて頂き有難うございました。
又この度はご多忙中にも拘わらず新しい過去帳にご記帳の上ご送付頂き心より御礼申し上げます。
又祖母リタが寄付させて頂いたと思われる石燈籠の写真までお送り頂きお礼の言葉もございません。

写真の寄付名が樺太・落合町・胡月料理店・小林リタになっておりますので私の祖母に間違いないと思います。
私の父忠作の兄信策が樺太落合町で胡月料理店を営んでいたことは間違いございません。
祖母は信策と住んでいましたが、江別にも居たことがあるようにも記憶していますので両地を行き来していたと考えられます。

樺太へ信策一家が移住した時期は分かりませんが、祖父茂作の死亡届が江別にて大正九年に出されておりますのでそれ以降ではないかと思われます、従って寄贈させて頂いたのは大正九年以降と思われます。

向寒の折お忙しい毎日をお過ごしの事と存じますがどうぞご健康にご留意の上益々の御活躍をお祈り申し上げます。

末筆になりましたがお母様、奥様に宜しくお伝え下さい。

草々

平成20年11月2日
眞願寺御住職様

小林英也

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