朝には紅顔ありて(あしたにはこうがんありて)

朝には紅顔ありて今回は新刊書の中から朝には紅顔ありて(あしたにはこうがんありて)を御紹介させていただきます。著者は御門主大谷光真様であります。平成15年4月に発行されてから、版を重ねるごとに感動の輪を拡げていると聞きます。深い学識と篤信からくる平明な文体での表現は、まさに珠玉の著作であります。

本書の帯に記された読者の声でありますが、61歳の男性は「第2の人生の扉を開けるきっかけとなった1冊です。これから仏教を勉強してみます」と。また27歳の女性は「この本を読んで、自分が生かされている命を持っているという重みを実感しました」と述懐いたしております。

また、作家の五木寛之氏は「心の乾いた時代にどう生きるか。やさしく、深く、説かれた宝石のような書である。私も常に座右に置きたい1冊だ」と、記しておるのです。

本書151頁より、次の言葉を紹介させていただきます。

御門主大谷光真様…… <春が来た、春が来た、どこに来た…> という童謡があります。春そのものは目に見える物ではありません。水が温み、日差しが明るくなり、桜のつぼみが脹らんで、窓からはいる風が暖かく感じられる…春とは、そうしたはたらきを私たちが感じとって、そこに <来た> ことを知るものです。人によって春を感じる場面や瞬間は、さまざまです、けれども、春の訪れを感じないという人はいません。春という存在は、誰にでも確実にわかるものです。仏様も同じです。仏さまもまた、姿かたちでその存在がわかるものではありません、私たちが仏教の勉強をしたり、お寺へお参りしたり、おつとめをしたりする、そうした仏縁が重なるなかで感じられるようになるものなのです…

鮮やかに印象に残る一片の詩ではありませんか。春の光を窓辺に受けて <宝石> のような本書を手に思索のひとときをお過ごしになられることを願ってやみません。

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