坊守から・令和2年3月

 色々あったけれど良かった。
 人生が終わりお浄土へゆく時はそう思いたい。近頃はそんなことを住職とも話をします。自分の希望であり願いです。
 私が幼い頃はお寺でのお参りというと座布団に正座。お経のあとは父の挨拶と一口法話があり、足がしびれて痛くなるので「お話長いなあ まだかな」と何の話かも聞かずそう思っていた記憶があります。情けないことに今でもお話は短い方が好きです。
 父が亡くなる前は、春の永代経が五日間勤まりました。その当時のカセットテープを最近いただいたので聞いてみると、そこには今の自分より年の若い父が話をしていました。
でもその話し方は若くなく、すごく年が上という印象を持ち不思議な感じがしました。お寺に来られていた方々や元気だった父の姿を思い出し、当時の光景が目に浮かびます。
 今、お寺は椅子でのお参りになり足も楽になりました。時は過ぎましたが、おかげさまで昔も今も沢山の方がお参りに来てくださっていることに感謝したことです。
 さて、春のお彼岸ですね。無事に皆さんと一緒にお参り出来ることを願うばかりです。