追悼 責任役員 髙間專造様

 当寺責任役員の髙間專造様におかれましては、令和元年5月16日行年89歳を一期とされ、往生の素懐を遂げられました。
葬儀は眞願寺本堂を会場に、江別自動車社葬をもって執り行われました。
 葬儀委員長には総代の安孫子建雄氏が、弔辞には総代の木村弘氏が、葬儀役員には当寺壮年会役員皆さんが受付下足を担当され、多くの門信徒皆様にも弔問いただきました。
 通夜には700名以上の方が参拝され、第二会場や廊下など多くの方が悲しみの中、手を合わされました。
 責任役員として平成の時代31年間にもおよぶご苦労とご芳志に心より感謝し、特集させていただきます。寄稿いただいた皆様、ありがとうございました。

弔 辞

 謹んで当寺責任役員髙間專造様の葬儀にあたり眞願寺門信徒を代表し弔辞を申し上げます。あなたの突然の訃報に接し驚きと悲しみのなかにあります。
 あなたは眞願寺前住職様のご逝去ののち平成九年に眞願寺責任役員に就任され以来眞願寺と共に歩みを重ねてこられました。
 就任当時代務住職として札幌覚英寺住職海野英爾氏にご兼務頂いておりましたが、廓悟師のご意志であった本堂の新築と住職継職の問題が大きな課題でありました。
 当時の本堂はすでに風雪に耐えられず雨もりの激しい状態でした。  本堂の建設については生前の廓悟師の構想をもとに検討を重ね平成五年一月の門信徒総会で「本堂建設委員会」を発足し髙間さんは建設委員長に就任されました。
 あなたは新時代に適応し次代への動向を配慮した「念仏道場」として構想され このことが理念の当寺門徒が深い絆で結ばれるゆえんであると言っても過言ではありません。
 この工事費進納を門信徒皆さんの賛同を得るため髙間さんを中心に地域説明会を各地で催したこと昨日のように思い出されます。
 伝統ある江別の念仏道場眞願寺の後継について、これらの新しい本堂を守り新時代を担って頂く住職を決めてほしいという門信徒の思いもつのるばかりでありましたが、平成六年二月尊い御勝縁のもと、東京都明西寺住職佐々木正文師の次男了正師が入寺され廓悟師の次女であり衆徒の瑞江さんと結婚されました。このご縁に当たり髙間さんも東京 京都にも足を運ばれたとのこと。
 五月に本願寺御門主様より眞願寺第五世に任命され翌六月には補任状を拝受されるために立ち会われたのであります。(巻頭写真)  平成二十年には開教百二十五年を迎えることとなり これを機縁に慶讃大法要を修業し、現代社会におけるお寺のあり方を確立すべく協議を進めてこられました。
 平成十五年より慶讃事業が開始され庫裡の修復、鐘楼堂、境内整備、平成十八年には納骨堂、一處廟の工事が進められ、平成二十年春には山門新築工事が行われ八月にはすべての工事が完了しました。
 いよいよ平成二十年九月二十八・二十九日当寺開教百二十五年の記念法要が盛大に執り行われたのであります。
 旅所法要は髙間委員長宅で執り行われその後庭儀稚児行列が行われ、髙間さんの紋付袴のお姿は今も忘れられぬ思いであります。  眞願寺強化団体として仏教婦人会・仏教壮年会・いちょう会・パークゴルフ同好会があり髙間さんはそれぞれの活動にも意をそそがれ、又毎回の法要には率先してお参りされ、参拝される皆様を暖かいまなざしでお迎えくださいました。
 私共門信徒一同は「未来に受け継ごう このお寺を お念佛のともしびを」をスローガンとし護寺発展に努めさせて頂くことをお誓い申しあげ弔辞と致します
 令和元年五月二十日

眞願寺総代 木村 弘

追悼寄稿

 信頼していただけるということが、どれだけ勇気と希望を持って成し遂げられることなのか。また信頼できる人がいてくださるということが、どんな時でも何があろうとも、すべてを任せられて、心の支えとなってく
ださることなのか。
 私は髙間專造様と不思議な仏縁によって出遭い、25年間のお付き合いをいただきました。その中で身をもって教えてくださったことです。その根底にはお念仏のみ教えを心からいただかれ、先祖から受け継いで来られた眞願寺への思いが、英子前坊守、そして瑞江坊守をささえ、ご縁をいただいた若輩者の私を住職へと導いてくださったのでしょう。  門信徒の先頭に立ってくださいました。ご挨拶では必ず「皆さん、是非素晴らしい眞願寺、念仏の道場にお参りしましょう」と声をかけてくだいました。そしていつでも御法座の時は必ず一番前の席にお座りいただき、聴聞されていたお姿は、忘れることが出来ません。ご往生された令和元年5月16日迄、眞願寺を支えてくださいました。言葉では言い表せない感謝の思いがあふれるばかりです。
 何もご恩返しは出来ませんでしたが、住職としてお念仏の法灯を第一に、この素晴らしいご本堂をはじめ境内の隅々まで今日までお守りし、一人でも多くの方に仏縁に遇っていただくことが日々続いていることは、とても有り難いことです。  また、長男と長女が得度し僧侶にさせていただいたこと、曲がりなりにも長男が後継の道を歩み始めたことを、髙間專造様にお見せできたことは、眞願寺開教125周年のモットーの「未来へ受け継ごう このお寺を お念仏のみ教えを」を一歩前進できたかと思います。これからも次世代へ受け継ぐべき取り組みを続け、いただいたご恩に感謝していきたいと思います。そして眞願寺のご本堂から日々響く「お念仏」の中に、どんな時も髙間專造様も一緒にお念仏を喜んでくださっていると確信しながら、法灯をお守りしていきます。称名

釋 了 正 (住職 石堂了正)


 特別で大切な方でした。 この度の髙間さんのご往生は、ついにその時が来たのですね、、、と心は悲しみと感謝の二つの気持ちで埋め尽くされました。
 父(前住職)が亡くなったあと、お寺はもちろんのこと、前坊守はじめ私たち寺族はどれだけお世話になったことでしょう。そして、いつの時も変わることなく現住職を支えてくださりました。
 ご自分や周りに厳しい方だったのではと思いますが、お会いすると「坊守元気かい?」と優しく気遣っていただき嬉しかったです。
 お浄土で父(前住職)に私達のことを報告してくださっていますか。奥様の喜美子さんのこと心配されていますか。
 いつかいつかまたお浄土でお会い出来ることを楽しみにしております。ありがとうございました。

釋 瑞 江 (坊守 石堂瑞江)


 先ずは髙間專造様のご往生に改めてお念仏を申し上げます。以前、眞願寺ご住職と私との話の中で、「髙間さんには生涯総代長でいて戴きたい」と申されていたことがありました。
 当時、若輩な私にはその真意を量り切る力は有りませんでしたが、今、一寺院を預かる身となり、ご住職のその思いが充分理解出来るに至りました。
 今思うに、ご住職は総代長と二人三脚、ではなく、抱っこされていたのではないかという思いを抱くと共に、髙間さんのような熱意溢れる総代の存在は一住職として羨ましい限りです。
 当寺では7 ~ 8 年前に前住職を含む寺族が続けて往生された際にも総代の皆様を率い、ご夫婦で遠路を弔問にお越し下ったことは、私にとってどれだけ励みになったか分かりません。
 「倶会一処」の教えの通り今頃は髙間さん、眞願寺前ご住職の廓悟師や有縁の方々、そして当寺の前住職と再会を果たしどんな楽しい時間を過ごしているのでしょう。合 掌

釋 正 了(光明寺住職 元法務員 西井正了)


失った人の大切さを改めて思い知らされるこの度の髙間責任役員のご逝去です。生者必滅の理は言葉として理解しているつもりであっても、いざ我が身に置き換えて、事が起こると納得できない自分に気づきました。
 連休明けの五月、新緑の季節を迎え元気でお暮しのことと思っておりましたが、突然の訃報に触れ何かの間違いではないのかと思った次第です。
 平成元年から31 年間責任役員として多くの事業に職責を果たされてきました。歴代の総代長様の皆さんより長いこと務められたのは、健康でおられたからかと思います。ともに団体参拝旅行に行かれた折の数々の思い出がよみがえってまいります。
髙間様がいつも言われていた「お寺は門信徒の信仰の道場です」の心は末代引き継いでまいります。
 どうかお浄土から私たちを見守っていただきたいと存じます。

釋 得 真 (責任役員 安孫子建雄)


 眞願寺責任役員髙間専造様がご往生されました。謹んで哀悼の意を表します。入院されていると聞いておりましたが、突然のご往生にただただ驚きでいっぱいです。先生は、市会議員(うち議長4年)として長く行政をリードされ、我々市職員にも多くのご指導をいただきました。特に私には何時も声をかけてくださり、ご指導、ご意見をお聞かせくださいました。退職後は眞願寺という違った環境で、本当にいろいろなことを学ばせていただきました。今思い起こしますと、先生との出会いがなければ、私の人生も変わっていたと思うほど大きな存在でした。人が困っているときには必ず手を差し伸べ解決へ導いてくれる。厳しくもあり、また優しさを備えた素晴らしい大先輩でありました。これからは。先生のご遺徳を偲びつつ、お念仏をよりどころにした人生をいただいたご縁を、深く味あわせていただきたいと存じます。ありがとうございました。合 掌

釋 一 乗(総代 笠羽範夫)


 髙間さんは眞願寺責任役員として私たち門信徒の先頭に立ち、眞願寺の護寺発展と宗祖親鸞聖人のみ教えを広める事の大切さを、つねにおっしゃってこられました。
 なかでも門信徒の親睦を目的としてはじめた眞願寺パークゴルフ大会は、お陰様で昨年10周年の記念大会になりました。毎年参加者全員に景品を出して頂くなど、ご協賛いただくとともに、お元気に参加していただきました。
 晩年、プレーはできませんでしたが必ず表彰式にはおいで頂き、参加者をねぎらわれ、仏縁を大切に繋げてくださいとご挨拶くださいました。
 眞願寺はじめ、社会的な活動の中でも常にご指導を賜りました。心より合掌し、お念仏申し上げます。

釋 誓 成 (総代 眞願寺パークゴルフ実行委員会委員長 富永高雄)


 この度眞願寺責任役員の髙間專造様がご逝去されました。長年にわたり責任役員として我々門信徒を引っぱっていただき、有り難うございました。私が総代になってすぐの頃、眞願寺開教125周年慶讃法要が行われ、私も少々お手伝いをさせていただきましたが、その時の髙間さんの物事の進め方は真にお見事でした。数年前から何度も会議を重ね、又住職の熱意も加わって、大変素晴らしい法要になりました。
 偏に髙間さんのリーダーシップのお陰と感謝いたしております。真に惜しいリーダーを失ったものです。心からお念仏申し上げます。釋 威 曜 (総代 土蔵幸雄)


 髙間專造様 長きにわたり念仏道場眞願寺の責任役員を務め、門信徒の先頭に立ち護寺発展に尽力いただき大変ありがとうございました。
 責任役員は常日頃から”念仏道場は門信徒皆様のもの。少しでも時間をつくり、念仏道場に足を運び、親鸞聖人のみ教えを繰り返し聞くことが大切である”と述べられておりました。
 お寺の年中事業で一番大切なのは報恩講である。報恩講の時期は、農家にとって天候相手で一番忙しい収穫の真最中でお参りの参加は非常に厳しい時でした。でも祖先の人々は、交通の不便な中、一日でも良いから、眞願寺に足を運び念仏を唱え法話を聞いていたのです。
 残された私たち門信徒は、この教えにもとづき、今後も聞法に励んでまいりたいと思います。本当にありがとうございました。

釋 賢 徳(総代 萩原建興)


 いつもご法要の時には一番前に座り、ご聴聞され、永らく責任役員として眞願寺の先頭にたってご尽力いただいた髙間專造様が御往生されました。 報恩講の時に控室でご出勤頂いたご法中の皆様に挨拶をされているお姿を拝見しましたが、髙間様のご挨拶の時には控室の雰囲気も引き締まったように感じました。その後挨拶からは法要を大事に思う気持ちが伝わってきました。また、法要の際に法務員である私たちにも、宜しくお願いしますとよくお声を掛けて頂いた髙間様。
 お声を掛けて頂くと嬉しくも有り、しっかり法要を行わなければならないなと気持ちが引き締まりました。以前、私は12月の常例の時に御法話をさせて頂く事がございました。その後、髙間さまとお話しをする機会があり、その時に髙間様が皆さんの前で御法話をするというのは良い機会だから、また頑張って下さいと言われました。その思いがとても嬉しかったです。頂いたお言葉をひとつひとつ大切にしていきたいと思います。

釋 拓 彌 (法務員 竹澤 拓弥)


 常日頃お世話になって居りました髙間專造様の突然のご往生は寺族門信徒一同にとりまして悲しみは日一日と増すばかりです。木村厳責任役員様の後、31年間の長きに渡り責任役員としてご尽力いただきました。心より感謝申し上げます。
 思い返せばいろいろな事が浮かんで参ります。前住職往生の後、私たち家族をいつも励まし、お力添えをいただき、本当に心強くここまで過ごすことができました。
 眞願寺におきましては、役員の皆様の先頭に立ち本堂建設、住職継職法要、庫裡改装、125年慶讃法要と大事業を成し遂げ、今日を築き上げて下さいました。
 お参りの時は何時も前列にお座り聴聞なされて居られたお姿が忘れられません。今、髙間様のお姿はありませんがお念仏は皆様と共にいつも絶えることなく響き渡ることでしょう。髙間様はお浄土におかえりになりましたが、前住職といろいろ話に花を咲かせて居られる事と思います。
 これからは髙間様の意志をつぎ皆様のお力をお借りし護寺発展に努めてまいります。文面では書き表すこと事が出来ないほど、お世話になりました。心より感謝申し上げます。ありがとうございました。

釋 英 悟(前坊守 石堂英子)

御礼

 主人の逝去に際し、多くの方々にご弔問して頂きました。
 又葬儀においても総代様はじめ壮年会や関係者の皆様に沢山のお力添えをいただきました。筆舌に尽くせぬ感謝の気持ちでいっぱいでございます。
 お陰様で四十九日法要を終え、初盆迎えられました。
 ありがとうございました。

合 掌
髙間喜美子

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