両親の葬儀を終えて

岸田隆志

25-01 父母の晩年は、岩見沢の施設で過ごし、年に数回の自宅への里帰りを繰り返していました。
私が転勤をした年の5月連休中、父の姉が亡くなり、かなりの無理を承知で函館まで連れて行くことができました。この年の6月に父が急逝しました。
 妻・姉には面倒をかけ、遠距離のために死に目には間に合わず、電話での連絡に看取ってくれた妻に「ありがとう」としか言えなかったのを今でも覚えています。仕事一筋で几帳面であったその部分は、受け継いでいるのかもしれないと最近思うこともあります。
 今年の転勤から1ケ月が経ち、入院していた母が退院するとのことで安心して仕事先に戻りました。しかし、再入院の話から再び急逝の知らせが届きました。全く予期していず、明け方の道路を運転して実家に戻りました。再び死に目には会えませんでした。
 私の子供たちは、遠方から皆葬儀に駆けつけてくれました。嬉しいことでした。母の葬儀には間に合わなかったものの娘夫婦が来てくれ、期せずして孫娘との再会を果たすことができました。その後、娘と孫娘は四十九日を過ぎるまで滞在してくれ、毎週末勤務先から実家までの帰り道が楽しみへと変わりました。
 様々な手続きは、皆の協力で短時間で済ませることができました。両親の生前の所業が、弔問客によってうかがい知ることができました。懐かしい名前がいくつも綴られていました。たくさんの人の世話をしていたであろう知人・親族等ご縁いただいた方々が、私たちへの恩恵となったのだと思います。私の幼少時の記憶もたくさんよみがえってきましたが、親となり祖父となり、初めて親が抱いたであろうその時々の気持ちの変化が鮮明に理解できるようになりました。
 多くの感謝の気持ちを持ち、次世代を見守っていきたいと願い、健康で生きることを尊び、両親にも感謝の念を持って、今後の人生を歩んでいこうと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください