老いて出会う

 子供の頃、あんなに苦くっておいしくなかった山菜が、今は何よりもの好物となっている自分に気づくとき、こんなに変わるものかと驚く。逆に子供の頃大好きだった甘い菓子を口に入れると、「こんなに甘かったかなぁ」とすぐにお茶がほしくなる。年月は私の感受性を大きく変えてゆくものなのであろう。
 50歳を過ぎて、親を亡くしわが身の衰えを感じ始めると、また一段と変わってくることがある。それが「宗教」への興味・意識だといわれている。自分の死期が近づいていることを少しずつ実感し、意識が高まることもあるのだろう。しかし、そういえばうちの宗派は何宗だった?祖父の葬儀の時、どこの寺院だったっけ?自分の妻にもおまえの実家は禅宗か?そこから問うていく方も多いようだ。
 それでもいい。先ずは家の宗教を知って、どんな教えなのか、どんなお寺なのか、そして実際に話を聞いてみることが大事。ふとしたときにご先祖の姿を思い出すかもしれない。お佛壇に参られていた姿。お寺に行ってこられた姿。俺もそんな歳になったのかと思いつつ、み教えに出会ってみる。きっと心に響いてきますよ「よかったよかった」とあなたのその姿を慶ばれているみ佛となられた大切なご先祖のお心が。01-01

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