安全保障関連法案に思う

日本は過去の大きな過ちと反省によって、憲法9条「戦争放棄」が制定され、平和な70年を過ごしてきました。しかしこの度の安全保障関連法案の採決は、その憲法を無視し、「戦争を放棄する国」から「戦争をする可能性がある国」へと変えていくことでしょう。中でも集団的自衛権の行使を容認することは、日本人が国外で人を殺し殺されるという事態が起こり得る可能性があり、戦争放棄を捨て去ることになります。

昨日の国会での強行採決は未来を踏みにじり、人のいのちを奪 い取っていくことに直結する行為であり、一国民として、又仏教徒として、私はとてもとても受け入れる思いになれないのが今日の思いです。もし、このような法案をあげるのであれば、国民に憲法改正を提案し、その上で国会で議論するべきだと思います。

法句経には「己が身にひきくらべて、殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ。」とあります。暴力によって殺される側に自分の身を置いてみなさいということです。殺されるいのちの恐怖や苦しみを、自分自身の恐怖や苦しみとして感じ受けとめるなら、殺す側に立つことはありえません。国家や集団が、戦争やテロのような暴力を行使して人を殺すとき、必ず何らかの「正義」の名のもとに自らの行為を正当化しますが、そこには暴力を受けるひとつひとつの生命に「己が身をひきくらべる」思いが欠けています。殺される生命の苦しみや痛みを思い、共感することが、非暴力・不殺生という生き方を貫くための鍵になるのです。(大谷大学HPより掲載)

戦争は最大の暴力であり、あらゆる人々に犠牲を強いる愚行そのものであります。いかなる理由であれ、自己を正当化して、かけがえのない「いのち」を武力で奪いとることは、何人にも絶対に許されることではありません。

江別市市議会においても「安全保障関連法案の徹底審議と国民 への充分な説明責任を果たし、拙速に 成立をさせないことを求める意見書」の 提出について、戦争につながる安全保障関連2法案 (国際平和支援法、平和安全法制整備 法案)の廃案を求める意見書採択につ いて、戦争法案に反対する意見書を国に提 出することを求めることについて、それぞれ議案にあがったようですが、可否同数のため議長決裁で不採択となったことは、とても残念なことと思います。

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